第五話 「私は大丈夫」
――一年後
「イザベル、本当に良いの?」
「そうだぞ! 今からでも……」
「わふ!」
「お母さん、お父さん。それにベラ……私は大丈夫よ。何回も言ったでしょ」
純白のドレスに身を包んだイザベルが静かに答えた。
今日はイザベルとカーターの結婚式だ。
イザベルがカーターと結婚すると言い出したときは、村人みんなが大反対をした。村人全員で領主の家に殴り込みをしかけるほどの勢いだったが、イザベルが必死に説得し、何とかそれだけはやめさせたのだった。
イザベルがそこまで言うならと、みんな一応はふたりの結婚を認めた形になっているが、誰一人として納得している者はいなかった。
結婚式当日の今でさえ、両親もベラもまだ納得していない。イザベルが一度でも『嫌だ』と言ってくれさえすれば、先のことなど考えず、この式を何としてでも中止させるだろう。
イザベルはそんなふたりと一匹を必死になだめ、会場の席に着くように促したのだった。
部屋にひとり残されたイザベル。
壁にかけられた大きな鏡の前に座わり、自分の顔と向かい合っている。
村のみんなに、両親に、ベラに言った言葉を、もうひとりの自分に繰り返す。
「私は大丈夫」
自分自身に言い聞かせるための言葉。
これで良いのだと、何度も何度も頭の中でそう言い聞かせる。
「これがみんなのためだから……私は間違ってない」
静かに独り言ちたときだった。
「おおお! 麗しの我が花嫁よ! 今日は一段と美しいではないか!」
「……カーター様」
ノックもなしに、大きな音を立てて扉を開けたのは本日のもうひとりの主役、花婿カーターだった。イザベルと同じ白色の正装に身を包んでいる。
イザベルのドレス姿を舐め回すように視線を滑らすと、満足気に頷くカーター。どこか自慢げにさえ見える表情だ。
部屋の中へズカズカと入り、座っているイザベルの後ろに立つと、カーターはイザベルの肩に手を置いた。
全身に走った嫌悪感を、イザベルは何とか押し込める。
「やはり、君こそがこの僕の花嫁に相応しい」
鏡越しに合っていた目線がずれるとカーターは体を傾け顔を近づける。
「結婚するまでは……」
「はっ! そうだった、そうだった! もう少しだけ辛抱しないとだったね」
「本当に……本当にあの約束を守ってくださるんですよね……」
不安にかられたイザベルは、最後にもう一度だけ確認する。
「ああ、あの日の約束だろ。安心しろ。現に村の連中の暮らしは日に日に良くなっているだろう。あの魔物のことだって騒ぎになっていない。僕が国に報告していないからだ」
あの日……。
初めてノアの背中に乗せてもらい、大きな空を風になって飛び回ったイザベルの宝物のような日……。
あの瞬間を偶然カーターに見られたのだ。
イザベルの脳内で再生される、忌まわしいあの日の記憶。
「あら? お父さんたちが帰って来るにはまだ早い時間だけど。誰かしら?」
家の庭の辺りに誰かが立っている。両親ではないとしたら、誰なのだろうか。不思議に思いながらイザベルは歩を進めた。
近づくにつれ、立っている人物の顔がはっきりと見えてくる。
「カーター様……?」
「おお! やっと帰ってきたか! イザベル、魔物との逢瀬は楽しかったかい?」
にんまりと笑いながら言うカーターに、血の気が引いていくイザベル。
見られたのだ。
「何のことでしょう」
イザベルは何とか平静を装いながら、話し続けたが、動揺は隠しきれていないだろう。
カーターは愉快だと言わんばかりの笑顔で、そんなイザベルを見ている。
「おや? 分からない? あのドラゴンのことさ!! まさか本当に実在するとは僕も思っていなかったよ! これを国に報告すればどれだけの報酬をもらえるかな」
「やめてください!! お願いします!! 何でもしますから……!! 」
その言葉を待っていたのだろう。カーターの口角がゆっくりと上がっていく。
イザベルは背筋に悪寒を感じた。
「そうかそうか。そこまで言うのなら仕方ない。それならば……」
カーターはイザベルの願いを聞く代わりに、交換条件を提示した。
それがカーターとの結婚だ。
ノアのことを国に報告しないこと。村の税を軽くし、村の者たちの生活を保証すること。このふたつを守ると言うカーターに、イザベルは頷くことしかできなかった。
迷いがないといえば嘘になる。それでも、自分ひとりが我慢することで、大好きなノアも村のみんなも守れるのであれば、これが最善の選択だとイザベルは思ったのだった。
そして、現在に至る。
「お時間でございます」
扉の外からふたりを呼ぶ声が聞こえる。
「さて、花嫁。お手を」
「……」
差し出された手に、自分の手を重ねるイザベル。もう後戻りはできない。
部屋を出ると、外に待機していた係の者に案内され、ふたりは式場入口へと連れて行かれた。
会場の扉が開く。
豪華なシャンデリアが会場を眩く照らし出し、合奏団による美しいメロディが響き渡る。会場の真ん中に敷かれた真っ赤な絨毯。参列者たちが座っている長椅子は白や黄色の花束で豪華絢爛に装飾されている。
最前列に両親、その後ろに村のみんなが座っていた。扉が開いた瞬間から拍手が鳴り止まない。それなのに拍手をしているみんなの顔は結婚式には似つかわしくない表情ばかり。
イザベルは笑顔を作った。
みんな心配しないで。私は大丈夫だから。そう言っているような笑顔だった。
大丈夫。
大丈夫。
大丈夫。
一歩一歩、歩みを進める度に、頭の中で同じ言葉を繰り返す。
そればかりに集中していたイザベル。気がつくと式はもう終盤を迎えていた。契約のサインも終え、残るは……。
「それでは御二方。誓いのキスを」
イザベルの体は強張っていた。
「ようやくだ」
カーターの顔が視界いっぱいに迫ってくる。イザベルは耐えきれず、目を強く閉じた。
そのとき。
「きゅうううう!! きゅ!! きゅうううううう!!」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
「え?」
「ちっ。暴れ出したか」
即座に一歩後ろに下がり、カーターと距離を取ったイザベル。
「どういうことですか? ノアには何もしないと約束したではありませんか!!」
何も答えないカーターに、怒りを顕にしたイザベルが掴みかかった。
「おいおい、乱暴はよしてくれよ花嫁。僕はちゃんと君との約束は守っているじゃないか。国には報告していないだろう? でも、あの魔物に対して何もしないと約束した覚えがないなあ」
「卑怯者!!」
広い会場に木霊するほどの大声で叫んだイザベルだが、どれだけイザベルが息を荒げようとカーターは余裕の笑みを浮かべるだけだった。
会場は不可思議な鳴き声と、叫びだしたイザベルを見て、混乱状態に陥っていた。




