第十四話 「うん、お兄ちゃん! リアムお兄ちゃん!」
この男の子、名前をネッドといい、家族はいない。
生まれたばかりの頃、両親は亡くなったか、それともネッドを捨てたのか。いずれにせよ、ネッドの傍にいたのは、五つ上の姉だけだった。
彼女がネッドの母親代わりのようなものだったのだが、少し前に亡くなってしまったのだという。
姉が生きていた頃は、ふたりでここらを縄張りにしているドラゴンに仕えていた。姉弟以外にも数人の人間が一緒に働いていたそうだ。
「お姉さん以外の人たちは、今どこにいるの?」
「みんなお兄ちゃんとどこかに行っちゃった」
「お兄ちゃん?」
先ほどから何度か登場する『お兄ちゃん』という人物が、オリヴィアは何故かとても引っかかっていた。
「うん、お兄ちゃん! リアムお兄ちゃん!」
「リアム!?」
オリヴィアはもちろん、他の面々もその名前に目を見開いた。リリーとローマンにいたっては、隠しきれない怒りが滲み出ている。
「そのリアムという人を知っているのですか?」
みんなの様子から何かを察したのか、リュカが質問した。
「私とともに、お城で働いていた……ノアにペイルダストを使った張本人です」
「なるほど……そんな人物が何故ここに?」
「使用人が城からの外出を許可されるのは食料調達のときだけなので、きっとそのときだと思うんですけど……」
そう言っているオリヴィアだったが、自分の言葉に違和感を覚えていた。
食料調達を目的に、このような何も無い場所まで来るだろうか。そもそも、城外のドラゴンに仕えているネッドとどうやって知り合ったのか。
オリヴィアの頭には次々と疑問が浮かんできていた。それを確かめるには、目の前のネッドに聞いてみるしかない。
「ねえ、ネッド。どうやってリアムと知り合ったの?」
ネッド曰く、リアムとの出会いは本当に偶然だったという。
住んでいる土地が限界を迎え、ドラゴンへの献上物を準備できなくなってきていた。
途方にくれた姉弟は、ある日、普段より遠方へと作物を探しに出かける。そこで不運にも、魔物と出くわしてしまったのだ。姉弟が絶体絶命というタイミングで、リアムと他の城の者たちに助け出されたのだという。
それから、リアムは度々姉弟のもとを訪れるようになった。顔を出す時は決まって、食料を持ってきて、長い時間ではないものの、遊び相手になってくれたとネッドは嬉しそうに言った。
だがあるとき、リアムがしばらく姿を見せない期間があった。十分な食料を準備できずにいる姉弟にドラゴンは激怒する。そして幼いふたりに容赦のない罰を与えた。暴力だ。姉は小さな身体で覆いかぶさるようにし、ドラゴンの非情な暴力からネッドを守ったのだという。ドラゴンの怒りが収まったとき、姉は意識を失っていた。
ネッドの目には、またうっすらと涙が浮かんでいた。
それから姉が意識を取り戻すことはなかった。ちょうど息を引き取ったそのとき、リアムもその場に遭遇したらしい。リアムが泣き崩れていたと、ネッドは言った。
数日後、苦痛と極度の空腹により意識が朦朧としていたネッド。そんな彼の前に、再びリアムが姿を現したのだ。
「もう大丈夫だよって言ってくれたの! そしたらドラゴン様いなくなっちゃったんだ!」
「いなく……なった?」
「うん! どこか行っちゃった」
ネッドの言葉に、悩みこむ一行。
「そういやさ、あのドラゴンの遺体があったのって」
ローマンが呟いた。その一言にハッとするノアとリリー。
「彼、そのリアムという人の恨みは、ここで始まったんですね」
リュカがぽつりと漏らした。
「恨み……」
オリヴィアはリアムを思い浮かべる。
生まれたときからずっと一緒に過ごしてきたリアム。
友人であり、仲間であり、家族でもある。私とマーヤが困っているといつも助けてくれる。頼れるお兄ちゃんのような存在でもあった。何でも受け取めてくれて、本当に優しくて……。私は違和感に気がついていたのに。
「何もできなかった……」
オリヴィアの中に渦巻く後悔の念。何かしてあげられたのではないか、と自分を責めたてる声が聞こえる気がした。
無意識に強く握りしめていた拳に温もりを感じ、オリヴィアは顔を上げる。
「ノア……」
「自分を責めるな」
座っているオリヴィアの前に、しゃがみ込んだノアが、オリヴィアの手を包みこんでいた。
オリヴィアはノアの言葉に返答できなかった。
自分のせいではないのだろうか。気づいていて何もできなかったのに……。
オリヴィアの様子に、もう一度手に力を込めるノアであった。




