第十三話 「ほら、顔をあげて? 私も人間よ」
意外なことに、一行の中で一番最初に動いたのはリリーだった。止める声も耳に入らない様子で、駆けていく。
枯れた地に倒れているのは小さな子どもだった。
リリーは子どもの傍に座り込み、上半身を持ち上げ、顔を覗き込む。
髪は短く、服装から見ても男の子のようだ。頬はこけ、唇は乾燥でひび割れており、隙間風のような音をたてながらかろうじて呼吸をしている。
「水ないの!?」
リリーがリュカに向かって叫んだ。
リュカは後先考えず動くリリーに呆れながらも、以前の彼女には無かった変化に、口の端を上げた。
マントの中で何かゴソゴソとし、小さな筒を取り出すと、それをリリーに差し出した。
リリーはひったくるようにそれを受け取ると、男の子の口にゆっくりと流し込む。男の子はごくごくと喉を鳴らしながら、水をすべて飲み干した。
「あ、あの……ありが……申し訳ございません!」
少し生気を取り戻した男の子は、突然跳ねるように起き上がると、そのままリリーに向かって土下座をした。
お礼を言おうとリリーの顔を見て、その金色の瞳に気づいたのだ。地面にこれでもかというほど頭を擦り付ける。
その様子に、みんなが顔を歪めた。人間を見下していたはずのリリーとローマンでさえも。
「おい、顔上げろって」
「ひぃっ! すみません! すみません!」
「ちょっと! あんた顔が怖いのよ! もう……取って食ったりしないから、顔上げなさいって」
「ももも申し訳ございません…!」
ローマン、リリーと男の子のやり取りを見ていたリュカがため息をこぼす。
「少年、僕たちは君に危害を加えるつもりはありません。安心してください」
男の子が顔を少し上げ、リュカの顔を見上げるが、その瞳の色を確認すると、肩をビクッとさせ再び地面に頭を擦り付けた。
「すみません!」
物腰柔らかなリュカでさえ、怖がってしまっていた。
そんな中、オリヴィアが男の子へ近づいていく。
お手上げ状態のドラゴンたちに目配せし、男の子の前にしゃがみ込んだ。ドラゴンたちもオリヴィアの意図を汲み取り、少し離れたところで見守ることにした。
「ねえ、もう大丈夫だから顔を上げて?」
「ドラゴン様の貴重なお水を……!」
「大丈夫よ。大丈夫」
オリヴィアは男の子の背中に手をやり、優しく擦る。その温もりが心地良かったのか、少しずつ肩の力が抜けていく。
「ほら、顔をあげて? 私も人間よ」
「え?」
やっと男の子が顔を上げ、オリヴィアと目が合う。男の子は相手が人間だと分かり、少し安心した様子を見せた。それでもまだ恐怖心が消えないのか、後ろのドラゴンたちと目が合うと、慌ててオリヴィアの影に隠れるのだった。
「どうしてこんなところに?」
オリヴィアがそう尋ねると、男の子は目に涙を浮かべ、泣き出してしまう。
「だ、大丈夫?」
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが死んじゃって……僕ひとりでドラゴン様に仕えて……」
泣きじゃくりながら男の子が話すが、混乱しているのか、話している内容の意味を一行は理解できなかった。
「でも、でも、いつも食べ物をくれたお兄ちゃんが助けてくれて、ドラゴン様はいなくなったけど、お兄ちゃんも来なくて……僕自分で食べ物とか取ったことないから……」
泣きながら必死に説明する男の子を落ち着かせようと、オリヴィアは背中を撫で続ける。
一歩離れたところで、話を聞いていたドラゴンたちは、男の子の言った言葉が引っ掛かっていた。
「お兄ちゃんとドラゴンって、何のことなんだ」
「ひぃ……!」
男の子はまたオリヴィアの影に隠れ、必死にしがみつく。
「ノア、怖がらせちゃダメでしょう!」
「そ、そんなつもりは……すまない」
ドラゴンに物申す人間。素直に謝罪するドラゴン。
男の子はその光景に驚いたように目をぱちくりとさせていた。
「お兄ちゃんがびっくりさせちゃったね、ごめんね? もう少しお話聞いてもいいかな?」




