第十話 「ふっ、逃げるの?」
リリーは村人に連れられ、村の中心部に着いた。
昨夜の宴会から、そのまま眠ったままの人もちらほらと見える。
その中に、リリーは見覚えのある顔を見つけた。大きな身体を大の字に広げ、大きないびきをかいて寝ている。
リリーはあまりにも間抜けなその姿から、そっと視線を逸らすのだった。
「まったく! だらしないったらありゃしない!」
リリーと一緒に歩いてきた村人たちも、やれやれと呆れた様子で周りを見ていた。
「そういえば、あなた名前は?」
リーゼルの母親が尋ねた。
「……リリーよ」
「リリーさんね! 申し訳ないんだけど、この有り様だし……朝食作り手伝ってもらえないかしら?」
「なんで私が……!」
本心から嫌がっているわけではないが、反射的に否定の言葉がリリーの口をつく。
素直になれない自分自身に、苛々を募らせるのだった。
「働かざる者食うべからず、だ」
またもや、あの黒髪のドラゴンだ。
リリーが見上げると、からかうような視線とぶつかった。
「や、やるわよ! やればいいんでしょ!」
リリーの頬が、また少し赤く染まっている。
「本当! ありがとう。とても助かるわ! リーゼル、あなたも手伝うのよ?」
「えー!」
「今、逃げようとしてたわね! そうはいきませんからね!」
手を握ったままのリーゼルがいやに静かだと思っていたリリーは、母親の言葉を聞き、その理由が分かった気がした。
「ふっ、逃げるの?」
「お姉ちゃんまで! リーゼルお手伝いできるもん!」
そんなやり取りを見て、黒髪のドラゴンが笑う。
「な、何よ」
「別に? 何でもない」
「い、言いたいことがあるなら、言いなさいよ!」
「いや?」
黒髪のドラゴンが口角を上げて微笑む。
リリーはこのドラゴンの前だと、どうも調子が狂うようだ。
「あー! 仲良しだー!」
「こら! 邪魔しないの!」
リリーと手を繋いだまま、ぴょんぴょん跳ねるリーゼルと、それを止める母親。
「もうっ! 何なのよー!」
リリーの戸惑いを含んだ声が、穏やかな村の中に木霊するのだった。
「なんだ、騒がしいな」
「村長!」
そこに現れたのは、あの老婆だった。
「この酔っぱらいどもが。邪魔だな」
老婆は道端に転がる酔っぱらいたちを容赦なく足でどかす。それを見た村人たちも、笑っている。
ドラゴンも人間も混ざり合い、笑い合うこの空間が、やはりリリーにはとても不思議に映っていた。
「良い村だろう」
隣に立つ黒髪のドラゴンが、前を向いたままリリーに言った。
「こんな場所が世の中にはあるのね」
「お姉ちゃんもこれからずっとここにいるでしょ?」
リリーの手を引っ張りながら、リーゼルが問いかける。
「それは……」
リリーは言葉に詰まってしまう。脳裏に過るのは、王のこと。そして城での惨劇。
私は……。
リリーの心の中では、何かが突っかかっていた。
「やっと起きたかい、お前たち」
そう言った老婆の視線の先をリリーが辿る。
「……王」
そこには、ノアとオリヴィアの姿があった。




