第八話 「どうして、ここはこんなに温かいんだ」
「あんたら、いつまでそうしているつもりだい」
抱きしめ合ったまま離れないふたりを見かねて、老婆が言った。
「す、すみません……!」
ノアのことで頭がいっぱいになっていたオリヴィアは、周りに人がいることを思い出し、慌ててノアから距離をとる。その頬はほのかに赤く染まっていた。
一方、ノアは離れてしまった温もりに名残惜しさを感じつつ、手持ち無沙汰になった手を静かに降ろした。
「お前らも腹が減ってるだろう。村の中心部へ行くよ」
そう言って歩き出した老婆の後を、オリヴィアたちはついていくのであった。
物珍しそうにキョロキョロとしているオリヴィアとノアを見て、グレタが村について話し始める。
村の奥には果物や野菜の菜園があること。水が村中に行き渡る仕組みが作られていること。犬や猫、牛や馬などの動物たちを飼育していること。そして、この村がどのように自給自足をしているのかなど、ふたりは興味津々でグレタの話に聞き入っていた。
「お姉ちゃーん! 赤い髪のお姉ちゃーん!」
そこへ誰かを探している様子の小さな女の子が走ってきた。頬には怪我の治療をしたような跡が見える。
「リーゼル、どうしたんだい?」
「赤い髪のお姉ちゃんを探してるの!」
赤い髪……?
オリヴィアとノアには、ひとりの人物が思い浮かんでいた。
「あのね……」
リーゼルが昼間の菜園での出来事を話し出す。
「私がむりやりお姉ちゃんを連れて行こうとしたのが悪いの……ごめんねって言いたいの……」
話しながら、リーゼルは徐々に涙目になっていた。
「そうかいそうかい。そんなことがあったんだねえ。だけどもうじき夜だ。明日になさい」
老婆に言われ、リーゼルは目を拭いながら頷いた。グレタがリーゼルに手を差し出すと、リーゼルは嬉しそうにその手を握った。
そんな三人のやり取りを、オリヴィアは微笑ましく見ている。
ふと、右手に温もりを感じた。見ると、その正体は隣を歩いているノアの手だった。
オリヴィアはノアの手を握り返し、ふたりは無言のままお互いの温もりを感じ合うのだった。
村の中心に辿り着くと、そこには大きな焚き火が置かれており、その周囲にたくさんの人たちが集まっていた。
人間もドラゴンもみんな楽しそうに食べ、飲み、そして踊り笑い合っている。
「お! 起きたかー!」
輪の中から一際大きな声が聞こえた。
声の主は顔を真っ赤にしたローマンだった。
ノアのところへ駆け寄ってきたかと思うと、全体重を預けるほどの勢いで、ノアの肩に腕を回す。
ノアは鬱陶しそうに、首を反らし、ローマンと少しでも距離を空けようと試みる。
「お前、臭いぞ」
「がっはっはっは! 王もこれ飲んでみろって!」
話しの通じないローマンの腕を、ノアは無理矢理剥がして遠ざける。
「あんたたちも食べなさいな!」
グレタが座れそうな場所を見つけ、オリヴィアとノアを案内した。美味しそうな食べ物や飲み物がたくさん並べられ、香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。
「こちらもどうぞ」
ひとりの青年が、ふたりに冷えた飲み物を差し出す。
「人間にしては珍しい目をしているな」
ノアがぼそっと呟く。思ったことがただ口から出た感じだった。
青年の目はドラゴンとも人間ともいえない、鮮やかなオレンジ色をしていた。金色ではないところを見ると人間のようだが、それにしては瞳孔が縦長で鋭く、ドラゴンのようでもある。
「あー、僕、人間とドラゴンの間に生まれた子どもなんですよ」
ひょうひょうと言った青年の言葉に、ノアとオリヴィアは目を見開いた。
「ここじゃ別に珍しくもなんともないですよ! まあ、それでも金色の目のやつがほとんどですけど。えーと、あそこに座ってるやつも。あと、あそこで踊ってるやつも。みんな僕と同じですよ!」
と、次々と村人を指さす。
「俺みたいに目の色が変わるやつは多くはないんですけど。まあ、あんまり気にしてません!」
そう豪快に笑うと、友人に呼ばれた青年はどこかへ行ってしまった。
残されたノアとオリヴィアは、お互いを見る。
「ドラゴンと人間の子どもか……」
「そんなこともありえるのね……考えてみたこともなかったわ……」
ふたりはどこか胸の奥が、じんわりとほぐれた気がした。
それから、入れ代わり立ち代わり多くの村人たちがふたりのもとへやってきては、一緒に食事をし、村のことや家族のことを語っていった。
オリヴィアは途中で昼間に一緒に働いた女の子に連れられ、村人たちと一緒に焚き火の周りで踊ったりもした。
その様子をノアは楽しそうに眺めているのだった。
「何をにやけているんだい」
いつの間に現れたのか、ノアの横に老婆が立っていた。
「にやける……?」
「なんてこったい。無自覚か……」
にやけている……俺が……?
あんなことがあったにも関わらず、俺はにやけているのかと自問自答するノアだったが、そんな嫌な気分さえも忘れさせるほど、ここの空気は温かかった。
「どうして、ここはこんなに温かいんだ」
ふと浮かんだ疑問を、ノアは老婆に投げかけた。
「お前さんはまず、周りをもっとよく見てみな」
老婆はしばらくの沈黙の後、それだけ言い残すと、またどこかへ消えていった。
「周りを……」
ノアの目に入るのはやはりオリヴィアだった。
その視線に気付いたオリヴィアが、ノアに笑顔で手を差し出す。
ノアがその手を取ると、ふたりは村人たちの輪の中へ吸い込まれていった。
この夜、それぞれが穏やかな時間を過ごしていた。
赤いドラゴンを除いて――。
彼女はひとり、村を一望できる高台から村の様子を見下ろしていた。
焚き火の明かりは彼女の目にはあまりに眩く映り、視線を逸らすように瞳を閉じた。




