第五話 「さけ? それは何だ?」
一方その頃、ローマンはというと……
「これうっめーな!」
「兄ちゃん良い飲みっぷりじゃねーか! 城には無かったのかい?」
「こんなうめーもん無かったぜ! もっとよこせ!」
村人たちと浴びるように酒を飲んでいた。
時は遡り昨晩のこと。
ノアとオリヴィアを残し、家を後にしたローマンは適当に村を歩き回り、適当に見つけた場所で夜を明かしていた。
そして気づくと朝を迎えていたのだが、寝ていた場所が悪かった。
「おい! コラ! お前さん誰だい!」
ドラゴンの姿で眠っていたローマンを、村人が長い木の枝か何かで突っつく。
「お、おい。何だよ。やめろって!」
ローマンは人型へと変わり、自分を起こした人物を正面から見た。
そこに立っていたのは、老父であった。老父と呼ぶにはあまりに元気するぎるような気もするが、とローマンは思った。
「誰の家で寝てるんだ! ここはベティちゃんの寝床だよ!」
「は? ベティちゃん?」
「モ〜」
老父が指し示した先にいた『ベティちゃん』は、黒と白のまだら模様をした四足歩行の生き物だった。老父は愛おしそうに名前を呼びながら、その生き物を撫でている。
「初めて見る魔物だ」
「何を言ってるんだい。ベティちゃんは牛だよ! ど・う・ぶ・つ!」
ローマンは動物という言葉に、軽い衝撃を覚えていた。
ここ数百年、ずっと魔物の肉ばかり食べてきたため、魔物とは別の生き物がいたことをすっかり忘れていたのだ。
「お前さん、昨日一晩泊めてやったんだ。ちょっくら、こっちを手伝ってもらおうかね」
老父はそう言ったが、ローマンは言う通りにしてやるほどの義理を感じてはいなかった。
とはいえ、ドラゴンである自分にこんな態度を取る老父も物珍しく、気まぐれに思ったのだった。
手伝いとやらをしてやるか。
「おい! 力持ちを連れてきたぞ! めいっぱいこき使っとくれ」
ローマンが連れてこられたのは、建設途中の家の前だった。中は建設作業の真っ只中のようで、人間もドラゴンも入り混じって、一緒に働いている。
「何だこれは」
「見て分かんねーか? 家だよ! さっさとお前さんも中入って手伝え!」
「それくらい分かるっつーの! 昨日も思ったけどよ、何で一緒にいるんだ。お前ら」
ローマンが問いかけると、中で作業をしていた村人たちはきょとんとした顔でローマンを見つめ返してくるのだった。
その反応は、ローマンが自分が何か変なことを言ったのかと不思議に思えてくるほどだった。
「何でって。ドラゴンも人間も、生きていれば関係ねーだろうが」
とドラゴンのひとりが答えた。しかし、ローマンはその言葉をすんなり飲み込めなかった。
「ええい、ごちゃごちゃと。とっとと働かんかい!」
当惑しているローマンの頭を思いっきり叩いたのは、もちろんあの老父だった。それを見た村人たちが声をあげて笑う。
「じいさん、力強えーんだよ!」
「力加減ってものを知らないんだよなー!」
温かい雰囲気の中、ローマンは居心地の良さと、未だに拭いきれない違和感とに苛まれていた。
「お前は細かい作業苦手そうだから、こっちなー」
ローマンは、村人から灰色のどろっとした液体が入った桶を渡された。
受け取ったそれは見た目以上に重みがある。得体の知れない液体を持ち、ローマンはこれは何かと近くの村人に問いかけた。
これは乾燥すると固まって家の壁や床になるものなのだと教えられた。
「なあ。村には、他に家あんだろ。何でわざわざ造ってるんだよ」
これもローマンの頭に浮かんだ疑問だった。
「また新しい家族が増えるんだ。新しい家族ができるときは家を建てる! そうやってこの村は少しずつ大きくなってきたんだ」
答えた村人は炎天下の中働いているせいで、全身に汗を流し、体のあちこちが埃や煤で汚れている。だけど、その表情はいきいきと輝いていた。
「家族か。ふーん」
ローマンにはその言葉があまりピンと来なかったが、この重労働をちっとも嫌だと感じていないことは伝わってきた。それが、新しい家族のためだからだということも。
「来月には村全体で結婚式をするんだ! 美味しい酒がたらふく飲めるぞー!」
「さけ? それは何だ?」
「お前さん、酒を知らねーのか!?」
一際大きな声をあげた村人に、他の面々も何事かと集まってくる。その場はローマンが酒の存在自体を知らないと、ちょっとした騒ぎになった。
「よし! これから飲み行くぞ!」
村人たちの勢いに流されるまま、建設の仕事を手伝い、疲労感に襲われながらも連れてかれた先でローマンに手渡された見知らぬ飲み物。疲れた体に染み渡るその旨さに、ローマンがすぐ虜になったのは言うまでもない。




