第三話 「嬢ちゃんしかいねえだろ」
一行の向かった先は、村の端に位置する、小さいけれど立派な造りをした建物だった。
前を歩いていたローマンを追い越し、リリーが中へと駆け込んでいく。
運ばれてきたノアは部屋の奥のベッドに寝かされていた。明かりに照らされた顔は、外で見たときよりも生気がなく、死んでいるようにも見える。
リリーはベッドの脇に腰を下ろすと、心配そうにノアを見つめ続けるのだった。
ノアを運んできた村人たちも家から出ていくと、家の中はやけに静かに感じられる。
「……ん」
「王!」
ノアの瞼が微かに動き、手がピクっと反応する。意識が戻りかけているようだった。リリーは急いで、ノアの手を握ろうと腰を浮かす。
「……オリ……ヴィア……」
「……っ!」
ノアの口から漏れた名前を聞き、リリーは伸ばした手を咄嗟に引っ込め、胸の前でぎゅっと強く握りしめた。
胸をえぐられたような痛みを感じる一方で、頭はどこか冷静で、手の先から全身が冷たくなっていくような感覚に陥った。
リリーは下を向いたまま立ち上がると、家の出口へと向かう。
「おっと、危ねえな」
ちょうど家に入ってきたローマンと未だに抱えられたままのオリヴィアと鉢合わせたが、リリーはふたりに目をくれることもなく、そのまま夜の闇へと吸い込まれていった。
「なんだあいつ……嬢ちゃん、降ろすぞ」
宣言通りオリヴィアを降ろしたローマン。突然手を離し落とされたせいで、オリヴィアは腕や膝を床に打ち付けたが、ベッドに横たわるノアを見ると、痛みも忘れて部屋の奥へと走っていくのだった。
ベッドのすぐ近くまで辿り着いたオリヴィアだったが、あと数歩という距離で立ち止まってしまう。
自分がノアの傍に行って良いのか、分からなくなってしまったのだ。
先ほどより意識はしっかりしてきたが、そのせいで恐怖心や罪悪感が頭の中で渦巻いている。
リアムが……人間が……ノアをこんな状態にしたのだ、と。
「人間にやられたことは腹立つけど、王を元気にできるのは嬢ちゃんしかいねえだろ。後は任せたぞ」
オリヴィアが振り返ると、背を向けたローマンが手をひらひらさせながら出ていくのが見えた。ローマンの言葉に後押しされたように、オリヴィアは小さく一歩、ノアに近づく。
もう一歩。また一歩。
「何だい。お前さんしかいないのかい」
声とともに登場したのは、あの老婆と何人かの村人たちだった。
「ほら、王に薬を飲ませてやんな」
中途半端なところで立ち止まっていたオリヴィアの背中を押し、ノアの前までつれていく老婆。
「どうぞ。こちらを王に飲ませてあげてください」
村人がオリヴィアに何か液体の入ったコップを手渡した。
不思議に思うオリヴィアの気持ちを見抜いてか、老婆が付け加える。
「ペイルダストに効く薬だよ」
「どうしてペイルダストだと……」
「ドラゴンを……ましてや王をここまで弱らせるなんて、それ以外考えられないからね」
オリヴィアはコップを片手に持ち、もう一方の手をノアの頭の下に滑り込ませた。
ゆっくりとノアの頭を持ちあげる。
ノアの眉間に皺が寄り、苦しそうな表情になる。
「……オリヴィア」
微かに目を開き、オリヴィアを見上げるノア。
「ノア! この薬を飲んで…!」
ノアは小さく頷き、口を開ける。
オリヴィアがコップを少し傾けてノアの口に薬を流し込む。コップの中の液体が徐々に減っていく。
やがてすべて飲み終えたノアは、オリヴィアを見て一瞬口角を上げたかと思うと、再び目を閉じてしまった。まるで、そんな顔するな、とでも言いたげな表情だった。
「よし、飲んだね。もうしばらく寝かせてやりな」
老婆はそう言い残すと、踵を返し出ていってしまった。
「あ、あの」
オリヴィアが声のした方を向くと、先ほど薬を持ってきてくれた村人が立っていた。
「あの、あちらにもう一個ベッドがあるので使っていただいても良いのですが……」
そう言いながら、村人は毛布をオリヴィアに差し出す。オリヴィアがノアの傍を離れたくないだろうと気遣ってくれたようだった。
オリヴィアはお礼を言い、ありがたく毛布を受け取る。
「何かあれば、外にみんないますので。遠慮なさらず、何でも言って下さい」
にこっと笑った村人も、外へと出ていった。
受け取った毛布にくるまり、オリヴィアはノアの横に腰を下ろす。寝息を立て、先ほどより少し血色が戻ってきたノアを、心配そうに見つめるのだった。




