第二十八話 「ごめんね」
――再び場所は王城へ
「ん……」
「ノア!」
「「王……!」」
まだ息苦しそうではあるものの、ノアの意識が戻った。
オリヴィアに支えられながら、ゆっくりと上半身を持ち上げたノアは周囲を見回す。「何があった?」
ノアの傍に立っているケイレブが、意識を失ったあとのことを簡潔に説明した。
「情けない。王の俺がこんなことになるなんて……」
ケイレブもハンナも否定するが、ノアの表情は体調とは別の理由で苦しそうに歪んでいた。
目を覚ましても、まだ熱は下がりきっておらず、額には汗が滲んでいた。
オリヴィアは桶で冷やしたタオルでそっとそれを拭う。何も言わず、ノアを見つめながら、ただそっと。
ひんやりとした気持ちよさに目を細めてから、ノアはオリヴィアの手を取ると、そのまま頬に擦り寄せた。
桶の水で冷やされたのはタオルだけではなかった。
コンコン
ふたりの雰囲気を割って入るノック音。返事を返す間もなく扉が開いた。
オリヴィアはふいに違和感を覚える。
扉の方を振り返ると、そこに立っていたのはマーヤと他数人の使用人だった。食事を乗せた配膳台を押している。
オリヴィアの違和感は加速度的に増していく。
こんな非常事態に、使用人が進んで食事を持ってくるかしら……?
オリヴィアがマーヤに視線をやると、どことなく暗い表情をしている。その表情がオリヴィアの違和感をよりいっそう助長する。
後ろの人は……だれ?
頭に浮かんだ疑問を聞く前に、オリヴィアとマーヤの目が合った。
「ごめんね」
涙目のマーヤがそう言った次の瞬間、後ろにいた数人がポケットから何かを取り出し、部屋全体が真っ白に染まる。
ペイルダストだわ……!
警戒心から、この非常事態にいち早く反応したのはオリヴィアだった。すぐにノアの口元にタオルを持っていき、鼻と口を塞ぐ。
隣に立っていたケイレブとハンナは、ペイルダストを吸い込み、地面に崩れ落ちてしまった。
「こいつら、自分たちの城だからって油断しすぎじゃねえか?」
背後から男の声が聞こえる。
「ちっちぇえドラゴンも、少し油断させたらもろに毒吸い込んですぐ捕らえられたしな」
小さいドラゴン……風のドラゴン様も捕らえられたしまったのだわ……!
オリヴィアは白い視界の中、事態がどんどん悪い方向に転げ落ちているのを悟った。ノアを見ると、体は自由に動かせないようだが、目からは殺気を放っている。
「おうおう。そんな目で睨んだってちっとも怖くないぜ」
「おい。ていうか、お前何でドラゴンなんか庇ってるんだ。手を離せ」
侵入者がノアの口元を覆っているオリヴィアの存在に気がついた。オリヴィアの手をどけさせようと、近づいてくる。恐怖からオリヴィアの手が震え始める。
しかし、その前に立ちはだかった人影があった。
「リアム……」
「そいつに指一本触れるな」
いつの間に部屋に入ってきたのだろうか、黒いローブに身を包んだリアムが立っていた。オリヴィアに伸ばされた侵入者の腕を強く振り払い、よろけた男は部屋の隅の方で体勢を崩した。
「争いはやめましょう? 話し合えば分かるわ!」
「話し合ってどうにかなるもんか!! お前は知っているのか? 村で人間がどんな風に扱われているか。食事もろくに与えられず、ただ奴隷のようにこき使われ、飢えて死んでいくんだ!!」
振り返りざま、叫ぶようにそう言ったリアムは、怒りなのか、悲しみなのか、感情が入り混じり顔をぐしゃぐしゃにしていた。そして、ふと止まる。自分の両手を見つめたまま、止まる。
「もう……俺は目の前で失いたくないんだ」
小刻みに震える両手を、何かを掴もうとするかのようにぎゅっと握りしめる。
オリヴィアは城の外で何かがあったのだとやっと気がついた。今までのリアムの異変も、 きっと村での出来事が原因なのだと……。
「おい、何を話してる! 時間がないんだぞ!」
背後から聞こえる男の声に、リアムが反応する。
「オリヴィア、どいてくれ」
「いやよ」
ノアの前から一歩も動かないオリヴィアと、その目の前まで近づいたリアム。
「どうしてそいつを庇うんだ!」
「大事だからよ! ノアが大切なの」
「ノア……? 名前で呼ぶ仲なのか……」
リアムの顔から表情が消え、オリヴィアへと手を伸ばす。
オリヴィアはノアの口元を両手で押さえているため、身動きが取れない。ただリアムから目を逸らさず、見つめ続ける。
そのとき、大きな爆発音と振動が部屋を襲った。
全員が音のした方へ視線を向ける。ノアのベッドの奥の壁に大きな穴が空き、上空に二匹のドラゴンが現れた。
「あんたたち!!」
「覚悟しろ!!」
外へリアムを探しに出ていたリリーとローマンが、帰ってきたのだ。
「すぐに逃げろっ!! 王を、王を連れて今すぐ逃げろ!!」
壁に大きな風穴が空き、部屋中を満たしていたペイルダストが薄まる。ケイレブが最後の力を振り絞り、叫んだ声が夜空に木霊した。
「なにを! この場でみんな殺してやるわ!!」
「いいから逃げなさい! まだ何かあるわ!!」
ハンナが透き通った声で、リリーを止める。
今にも人間に襲いかかりそうなリリーとローマンだったが、ふたりの必死な様子から、退却することを決めた。ノアの近くにいたローマンは、オリヴィアごとノアを咥えると、夜の空へと飛び立っていくのであった。
「オリヴィアッ……!!」




