第二十七話 「俺たちは負けない」
そのとき、この騒動を聞きつけたのか、バタバタと誰かが向かってくる足音が聞こえてきた。
「王!!」
現れたのはケイレブだった。
「クソッ」
他のドラゴンが来たことにリアムは焦りだした。
逃走を試みるが、階段を登ってきたケイレブがその道を阻んでいる。一瞬の躊躇の後、リアムはケイレブの立っている階段方向へと走り出した。
その手は素早い動きで、ポケットの中へ。
「吸い込んではダメ!!」
リアムの意図に気づいたオリヴィアが叫ぶが、それは間に合わなかった。ケイレブがその場に倒れ込む。
「俺たちは負けない」
誰に言ったわけでもなく、リアムはひとり呟いた。白いもやの中で、後ろを振り返る。ノアの傍に座り込んだオリヴィアと目が合った。
やがてリアムはもう一度前を向くと、階段へと走っていった。
もう振り返ることはなかった。
「リアム……」
リアムが逃走した後、他のドラゴンたちも集まり、ノアは部屋の中へと移された。
部屋の中には殺伐とした空気が流れている。どのドラゴンも、自分たちの王が傷つけられたことに激怒していた。
あからさまに怒りを顕にする者、ただ静かに怒っている者もいるが、一様に殺気を放っていた。
そんな中、オリヴィアは周囲など見向きもせず、必死にノアの看病をしていた。
リアムが撒いた粉のせいで、ノアは意識不明で高熱をだしている。
ケイレブも同様に毒には侵されているが、オリヴィアの警告のかいもあってか、調子を崩してはいるものの自身で動ける程度の軽症だった。
混乱の連続で頭が回っていないオリヴィアだったが、今やっと冷静になり気がつく。
使われた粉は、きっとノアの言っていたペイルダストだったのだ。
ドラゴンには猛毒で、触れることもできないと言っていた。そして、今この国には無いはずのものであるとも。
どうしてそんなものをリアムが……。
「それで!! あの人間はどこなの! あんたもグルなら許さないけど!?」
先ほどから怒りを全面に出しているリリーが、ノアを看病しているオリヴィアの胸ぐらを掴み上げた。
「ぐっ……私はそのようなこと……しま……せん……!」
苦しそうに答えるオリヴィア。
「人間のいうことを誰が信じっ」
「よせ」
問い詰めるリリーを止めたのは、なんとケイレブだった。
「どうして!!」
「いいから離せ」
まだ体調が優れないせいだろう。ケイレブの顔は青白いが、その目には有無を言わせぬ圧力があった。
リリーは渋々といった様子で、その手を離す。
「それで、どうしますの?」
ずっと黙っていたハンナが静かに言った。普段は冷静沈着で穏やかなハンナだが、今日はいつもの余裕は感じられない。
「とりあえず、その逃げた人間を捕まえるしかねえだろ」
「僕が風に乗せて誰も外に出さないようにって、使用人たちには伝えてある。けど……城の周りをぐるっと一周したとき、船が向こう岸につけてあった。一応船は壊しておいたよ」
「ッチ。完全に逃げられたわね」
この状況に、ドラゴンたちは次の手を決めあぐねていた。
「この前のドラゴンが殺された事件以降、あんなに探してもペイルダストは見つからなかったのに……」
「まさか王城内で使われるとは思いもしませんでしたわ。これは立派な反逆行為と見なすべきですね」
「そうよ! 人間なんて皆殺しにしちゃえばいいのよ!」
「はやまるな」
加速していく会話を再び止めたのはケイレブだった。
「あれほど入念に探しても見つからなかったのだ。敵も馬鹿じゃない。無闇やたらに攻め込んだとして、それさえも奴らの計画のうちだったらどうする」
ケイレブの言葉に一度黙ったリリーだったが、やはり感情は抑えきれなかった。
「だったらどうするの!!」
ケイレブがため息をこぼす。
「あの人間は『俺たち』と言っていた。単独犯ではない。まずは人間たちが隠れられそうな場所を探すしかないだろう。まだそんなに時間は経っていない。今から探せば、何か痕跡を見つけられるかもしれない」
ケイレブの言葉に他の四人は考え込む。
「このまま城でぼーっとしてるわけにもいかねえだろ。今回の件はちゃんと落とし前をつけなきゃいけねえ」
ローマンがそう言うと、ほかの者たちも頷いた。
「そうだな。そうしたら……」
ケイレブが提案した作戦は、今動ける四人をふたりずつに分けることだった。
話し合いの結果、リリーとローマンが城外へ主犯探しに行き、チャーリーとハンナが城の警備に残ることになった。じっとしていられないふたりが偵察班になったわけだ。
偵察班が早速窓から飛び立つと、チャーリーも城内をもう一度確認してくると言い残し、出ていった。部屋に残されたのは、ノア、オリヴィア、ケイレブ、ハンナの四人。
部屋には重い沈黙がたちこめ、聞こえるのはノアの苦しそうな息遣いだけだった。
オリヴィアはノアの額に、濡れたタオルを置く。ノアの高熱でタオルは少しするとすぐに温まってしまうため、オリヴィアはノアの傍を離れず、度々タオルを取り替えるのだった。
荒い呼吸は変わらないが、冷たいタオルを乗せられると、ノアの険しい顔がほんの少し和らぐ。
オリヴィアは、またタオルを冷やそうと桶に手をいれたが、桶の水もぬるくなっていることに気がついた。一度ノアに視線をやってから立ち上がり、桶の水を変えようと入口に向かう。すると、
「やってあげるわ」
水のドラゴン、ハンナが手のひらを桶へと向ける。
オリヴィアは桶を持ち上げている手に、ひやっとした冷気を感じた。桶を地面に戻し、手を浸けてみるとひんやりとした水になっていた。
「あ、ありがとうございます」
オリヴィアは戸惑いながらもお礼を伝え、タオルを冷水に浸すのだった。
ハンナは普段から穏やかではあるが、あまり人間と関わっているところを見たことがない。人間に好意的なのか、そうでないのかオリヴィアは掴みかねていた。
ノアの額に冷やしたタオルを置き、ケイレブへと視線をやってみる。
体調が悪いせいかもしれないが、いつもノアの周りで口煩い彼も、今は何も言わずに何か考え込んでいる様子だった。
部屋には再び、重たい沈黙が訪れた。
――その頃、村では
「全然人間なんていないじゃないのよ!」
「夜は隠れるのにうってつけだな。どこにいったんだか」
二匹のドラゴンが上空を旋回する。だが、地上には明かりもなく、ただのっぺりと黒い平坦な地面が続いているのが見えるだけだった。ドラゴンたちは方向を変え、飛び去っていく。
「行ったか?」
「ああ」
地上から二匹のドラゴンの後ろ姿を見つめる集団がいた。
一様に夜に溶けるような黒色のローブを身にまとっている。小さい声だが、集団内の意思疎通には十分な声量。
「そろそろ船が着く頃だ。沖へ向かうぞ」
ひとりの男が言うと、他も頷き、同意を示す。
「案内を頼んだぞ……リアム」
漆黒の闇を映した瞳に光は無く、夜の中、ただ一点を見据えていた。




