第二十五話 「オリヴィアをこんな風にできて、俺は嬉しい」
それから数日が経過した。
変わったことといえば、使用人たちがドラゴンの食事の準備をしなくなったこと。事件が起きて以来、ドラゴンたちは王城を空けることが多く、城内にいても今までのようには食事を取らなくなったのだ。
そしてもうひとつ。生まれてから今までずっと一緒に過ごしてきたオリヴィア、マーヤ、リアムの三人に、初めて距離ができてしまったこと。
事件については、特に大きく進展はないようだった。
犯人が人間であると言われたとき、オリヴィアは自分たちが疑われるのではないかという不安が過ったが、ドラゴンたちの様子を見ていると、そんなことはないようだった。
使用人たちはドラゴンが殺されたという一報は耳にしたものの、その後の詳細が知らされることはなかった。そのため、今も食事の準備以外の業務を普段通りにこなしている。
オリヴィアはといえば、毎晩ノアの部屋へ通い詰めていた。
何も手がかりが掴めないなか、時間だけが経っていく。疲労からか、オリヴィアの目には日に日にノアがやつれていっているように見えた。
ノアはやはりオリヴィアと手を繋ぐことを気に入っている様子で、オリヴィアが部屋に入るやいなや真っ直ぐに手を差し出す。
最初のうちはおずおずと手を伸ばすオリヴィアだったが、今ではぽんっと手をすんなりと乗せるようになっていた。
今晩もいつも通り、オリヴィアはノアの部屋へと足を運んだ。ノックをし、扉を開けると、お決まりのようにオリヴィアに向かって手が差し出される。オリヴィアはノアが座っているソファまで歩み寄り、その手に自分の手を重ねるのだった。
ところが、今日はそれだけでは終わらなかった。
ノアが自身の膝を叩き、オリヴィアを見つめている。その意図が分からず、オリヴィアは首を傾げる。
するとノアはまた同じ動作を繰り返すのだった。ぽんぽん、と。
オリヴィアは反対側に首を傾げる。ノアが何を言いたいのか分からないのだ。
ノアは一瞬眉間に皺を寄せると、今度はぐいっと繋がれた手を引っ張った。
「きゃっ!」
オリヴィアはバランスを崩し、地面に倒れ込む覚悟をした。
が、痛みを感じない。ただ、何か硬い感触と温もりを感じたオリヴィア。ゆっくりと目を開けてみる。
すると、目の前にはノアの顔面が。硬いと思った感触は、ノアの筋肉質な体だったのだ。オリヴィアは何とか気持ちを落ち着けつつ、状況を把握する。引っ張られ倒れ込んだオリヴィアは、そのままノアの膝の上に座り込んだようだった。
オリヴィアはくるっと肩を回され、扉の方へ体を向けさせられる。背中にノアの温もりが伝わってくる。
二本の白い腕が視界に入ったかと思うと、オリヴィアは後ろからぎゅっと強く抱きしめられていた。お腹の辺りに腕の温もりが伝わってくる。
オリヴィアの首元に頭を擦り寄せるノア。ノアの髪があたり、オリヴィアはくすぐったくて身をよじらせた。
今までになかったノアの行動に、オリヴィアの頭の中は疑問と戸惑いでいっぱいいっぱいになっていた。
「ノ、ノア?」
オリヴィアが話しかけるも、ノアはお得意のだんまりを決め込む。無言のまま、腕を緩める様子もない。
「ノアってば!」
「心臓が早いぞ」
「こ、こんなに近いんだもん!」
「首も赤い」
オリヴィアはもう完全にお手上げ状態だった。
陛下がノアだと分かったときは、また前世のときのように仲良く接することができると思っていた。またノアの母親的な存在になれればと思っていた。
だけど、昔のノアと今のノアは全く違ったのだ。
そもそも、ドラゴンの姿だったノアが、今は人型になっている。男性とのスキンシップに慣れていないオリヴィアは、ノアとのこうした至近距離でのコミュニケーションにドキドキしてしまうのだ。
ノアだって分かってるのに……!
あんなに可愛らしかったのに……!
オリヴィアがノアを可愛いと思うことはなくなっていた。オリヴィアの身長を優に超え、鍛えている様子もないのに引き締まった体。年頃のオリヴィアは、ノアが『男性』に見えてしまって、もうどう扱えば良いのか分からなくなっていた。
「ひゃっ!」
考え込んでいたオリヴィアの首に、突然鋭い痛みが走った。
後ろを振り返りながらオリヴィアが叫ぶように言う。
「ノア!? 今何を……!」
「赤くて可愛いくて、美味しそうだったから。つい」
そう言ってノアは舌で唇をペロッと舐める。
ノアがオリヴィアの首を甘噛したのだった。
オリヴィアは驚きと恥ずかしさがごちゃ混ぜになり、声にならない声をあげていた。すぐさまノアの膝から逃れようとするが、回された腕がそれを許さない。
「とりあえず離して!」
「嫌だ。もう離れない」
「それとこれとは違うでしょ!」
オリヴィアとて、ノアの傍を離れることは考えていない。前世での悪夢を越え、再会を果たしたのだ。
もちろんオリヴィアの考える『離れない』は、体と体の物理的な話ではない。
「オリヴィアをこんな風にできて、俺は嬉しい」
部屋に沈黙が流れる。
「オリヴィア、また心臓が早くなったぞ」
耳元に響く、低く甘いノアの声。顔を真っ赤に染めたオリヴィアはもう限界寸前だった。
「俺の心臓もだ」
オリヴィアは限界を迎えた。
ゴンッ
「いっ」
オリヴィアの頭が、ノアの顎を直撃した。腕の力が緩んだ隙をオリヴィアは見逃さない。
「ほ、本日はもう下がらせていただきます!」
オリヴィアは逃げるように、ノアの部屋から飛び出していった。




