第二十四話 「それってただの嫉妬じゃない……」
歩きながら、オリヴィアはノアから聞いた話を思い出す。
あまりに物騒な事件だ。今の時代、人間とドラゴンは確かに平等な関係ではない。ドラゴンに人間は仕え、主従関係があるのは事実だ。
しかし、オリヴィアは生まれたときからそれが当然で、当たり前のことなのだと思ってきた。酷い扱いを受けている訳でもなく、何不自由なく暮らせていると言っていい今の状況で、ドラゴンへの殺意を持った人間の心境が理解できないのだ。
オリヴィアだって、理不尽だと思うことが無いわけではない。だけど、種族としての力関係を考えれば、ドラゴンと戦うなどという発想はうまれない。
オリヴィアは顰めっ面で考えを巡らせる。犯人はドラゴンに対してよほどの恨みを抱えているのだろうか。いったい何がそこまでさせるのだろうか。
「あ! オリヴィア!」
犯人の動機を考えることに夢中になっていたオリヴィアは、いつの間にか使用人部屋に到着していた。
戻ってくるのが遅くなったせいか、みんなもう自室に戻ってしまったようで、部屋にはマーヤひとりが残っていた。オリヴィアはマーヤの顔を見て、リアムの話の続きをしようと約束していたことを思い出した。
「お、遅くまでお疲れ様! 一回部屋に戻ってゆっくりしておいで。私ここで待ってるから」
すぐにでもオリヴィアの話を聞きたいマーヤだったが、仕事終わりのオリヴィアを気遣い、労りの言葉をかける。
オリヴィアはその気遣いに一言お礼を伝え、足早に自室へと戻った。身なりを整え、仕事着から部屋着へと着替えたオリヴィアは、すぐにマーヤのもとへと向かう。
「お待たせ!」
「もっとゆっくりしても良かったのに!」
そう口では言うものの、早く話したいという気持ちを隠しきれていないマーヤ。それを察したオリヴィアは、急ぎ足でマーヤの向かい側の席まで行き、着席した。
マーヤは緊張と期待の入り混じったような目でオリヴィアを見つめている。オリヴィアはどこから話したものかと迷っていたが、隠すこともないので一通り話すことに決めた。
まずは王の部屋で眠り込んでしまったあの日。早朝、使用人部屋へと戻る途中でリアムと遭遇したときのこと。そして、もうひとつ。敵対心剥き出しのリアムに対して、ノアが魔法で攻撃した日のこと。
マーヤはオリヴィアの話しを静かに、じっと聞いていた。
オリヴィアが話し終わると、マーヤは独りごちるように言った。
「それってただの嫉妬じゃない……」
「マーヤ?」
その声は小さすぎて、オリヴィアには届かない。ただ悲しそうな顔をするマーヤを、オリヴィアは心配そうに見つめることしかできなかった。
少しの沈黙の後。
「何でもない! 話してくれたことと夜の外出は関係無さそうだなって。やっぱり、私の気のせいなのかも……」
「うーん。そんな時間に出かけるって言っても、行く場所もないはずよね」
ふたりは頭を悩ませるが、ここで結論は出そうにない。そろそろ寝るか、と切り上げようとしたときだった。
ガタッ
突然の物音に、ふたりは強張った体で音のした方向を振り返った。
「だ、誰!?」
それは外の廊下へと繋がる扉が開いた音だった。こんな夜更けに何事かと、ふたりは扉の方を凝視する。
が、そこに現れたのは、
「リアム!?」
ちょうどふたりの頭を悩ませていた人物だった。
扉の傍に突っ立っているリアムは、どこか上の空で、無表情な人形のようだ。オリヴィアとマーヤをただ無気力な目で見つめている。ふたりも、リアムが何を考えているのか分からず戸惑ってしまう。
オリヴィアとマーヤは困ったように顔を見合わせ、それからリアムへと駆け寄った。
「リアム? 大丈夫?」
マーヤが声を掛けると、何か言いかけて、リアムはすぐに口を噤んでしまった。
「私たちの仲じゃない。悩みがあるなら聞くよ?」
今度はオリヴィアができるだけ優しい口調で話しかけた。
ふたりの頭には何故こんな時間に外にいたのか、という疑念が過っていたが、リアムを問い詰められるような雰囲気ではなかったのだ。
心配している幼馴染たちを交互に見てから、リアムはやっと口を開いた。
「……大丈夫だ。部屋に戻るよ」
その声はどこか苦しげな響きをしている。
残されたふたりは、リアムの背中を心配そうに見つめるのだった。




