第二十三話 「お前だけは……何があっても守る」
「ああ、そのことか……」
ノアがぽつりぽつりと話し始めた。オリヴィアの手は握られたまま、自然な流れでノアの隣に座らせられる。
中庭で知らせを聞いたノアたちは、すぐに村外れの現場へと向かった。
ドラゴンが寿命以外で死ぬことはそうそう無い。同種族での殺し合いもしない上、今は他種族との戦争もしていないからだ。
では、何故今回『殺し』だと断定されたのか。
その理由は発見されたドラゴンの遺体にあった。遺体には致命傷になったであろう傷口があり、その傷口を中心に体が石のように灰色に、そしてひび割れていたのだ。
ドラゴンは生命力が強く、多少の傷で死に至ることはない。ただし、この事件にキメラの牙が使われていたとすれば話は別だ。
「キメラの牙?」
初めて聞いた単語を、オリヴィアは聞き返す。前世でも、今世でも耳にしたことのないものだったのだ。
キメラの牙とは、ドラゴン最大の弱点と言っていい代物だ。一撃で命を奪えるほど、ドラゴンにとって相性の悪いもの。
キメラの牙によってできた傷は、そこから徐々にドラゴンの体を蝕んでいく。まるで毒が全身を侵していくかのように。皮膚は石のように灰色に染まり、そこからひび割れていく。成すすべもなく、ドラゴンは息絶えるのだ。
「そんなものがあるなんて。初めて知ったわ……」
「ああ。俺もケイレブと出会って初めて知った」
このキメラの牙から作られた武器こそが、その昔、人間がドラゴンから国を勝ち取ったときに使われたものだったのだ。
人間に国を乗っ取られ、ドラゴンは姿を消した。結果、時の流れとともにドラゴンの存在も武器のことも、自然と忘れ去られていったのだ。長い時間の中でキメラという種族自体も滅び、新しく武器を作ることも不可能になった。
ノアが目覚め、人間から国を取り返したあの日。もちろんドラゴンたちは残存しているキメラの牙がないかを探して回ったが、それが見つかることはなかった。そのためドラゴンたちも、もう存在しないものなのだと思い込んでいた。
だが、その武器によって殺されたドラゴンが見つかったのだ。
「それってつまり……」
「悪意のある人間によるものだろうな」
「どうして人間だと……? もしかしたら他のドラゴンがやったのかも……」
不思議に思ったオリヴィアがノアに尋ねると、ノアは一度目を逸らし、苦虫を噛み潰したような表情で声を絞り出した。
「ドラゴンの遺体の傍に、ドラゴンを捕獲するための罠があった。ペイルダスト……我々にはあまりにも有毒で、元となる花自体にもドラゴンは触れられない」
「……!」
「正直、キメラの牙だけで人間が犯人だと決めつけるのは無理がある。そもそも、ドラゴンにキメラの牙を突き刺すことは、普通の人間には簡単なことではない。だが……ペイルダストで弱ったドラゴンを相手にしていたとすれば、それも十分に成し得るだろう」
「そのペイルダストって……」
「この国には存在しないはずのものだ。だから今、みんなが血眼になってそれを探している」
食堂にドラゴンたちが現れなかったのはこれが理由だったのか、とオリヴィアは納得した。
「俺も捜索に加わろうとしたが、王にここまではさせられないと強制的に帰らされたのだ……ケイレブに」
容易にその場面が想像できるなと、オリヴィアは内心思っていたが、あえて口にはしなかった。ノアが少し悔しそうな、寂しそうな表情をしているように見えたからだ。
「俺は……何かが起きて、またお前を失うのが怖い」
オリヴィアの肩に頭を乗せるノア。
弱っているノアを前に、オリヴィアも胸が痛くなる。オリヴィアはゆっくりと腕を持ち上げると、ノアの頭を優しく撫で始めた。
ノアはそれを受け入れるように、そっと目を閉じた。
「正直、王としての自覚が俺には無い。しかし同族が殺されたことを認識した瞬間……本能とでも呼べば良いのだろうか。体の奥底からふつふつと怒りが湧いてくるのだ。絶対に犯人は見つけ出す」
「……うん」
「今回の件、人間に危害は無いと思う。それに王城に居れば安全なはずだ。だが、用心は怠らないでくれ」
「うん」
「お前だけは……何があっても守る」
いつの間にか目を開けたノアが、撫でていたオリヴィアの手を握る。力強く。
そして、オリヴィアもノアに応えるように、手を握り返すのだった。
ふとオリヴィアは肩に重みを感じた。
ノアがいつの間にか眠り込んでしまっていたのだ。
オリヴィアは握られている手をそっと離し、ノアの体を寝かせる。ふわっと布団をかぶせると、ノアの表情が少し和らいだように見えた。
オリヴィアは足音をたてないよう気を付けながら、部屋を後にし、使用人部屋への道を戻るのだった。




