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第三話 おでことおでこを合わせてごっつんこ。約束のしるし。

「これは困ったなあ」

「きゅ?」


 十歳になったイザベルは犬小屋の前で悩んでいた。

 イザベルがこの五年で成長したのと同様に、ノアもすくすくと成長していた。卵から生まれたときより一回りも二回りも大きくなっている。そろそろベラの犬小屋で過ごすのは限界という大きさだ。

 もうノアとベラが同時に犬小屋に入ることは不可能で、最近はベラが家の中で寝ている。以前からベラが家の中で過ごすことはあったため、両親に気にしている様子がないのは唯一の救いだった。


 イザベルは犬小屋の前にしゃがみこみ、懸命にその体を丸め、うずくまっているノアを見つめる。ノアは賢い子で、絶対に外に出てはいけないというイザベルの言いつけを忠実に守ってくれていた。それだから余計にこんな窮屈なところに押し込めいているのが可愛そうに思えてならないのだ。

 このままではいずれ本当に犬小屋には入れなくなるだろうし、誰かに見つかるリスクも高まってしまう。何とかしなければ、と頭を抱えるイザベル。


「ノアおいで」

「きゅ!」


 持ってきていた大きなかばんの口を開けると、ノアは良い子に中に入っていく。大きくなったノアを隠しながら移動するために、イザベルが作った特製のかばんだ。

 成長したノアは大きさだけでなく、重さももちろん増しており、イザベルが抱えて歩くのは相当な重労働だ。それでも誰かに姿を見られてしまう危険を考えると、かばんの中に入れて運ぶしか道はなかった。


 自分の上半身と同じくらいのかばんを抱え、森の中を歩いていくイザベルとそれについていくベラ。ノアを抱えているため歩くペースは遅く、目的地に着く頃には息もあがっていたが、今日も無事誰にも見られずに来ることができた。

 イザベルはかばんを置き、自分のペースに合わせてくれた感謝の意を込めてベラの頭をなでた。

 改めて周りを見回し誰もいないことを確認したイザベルは、かばんを開く。


「ノア、お待たせ。出ておいで」

「きゅー!!」


 ノアは待ってましたと言わんばかりに、勢いよくかばんから飛び出す。

 この五年の間に、ノアは大きくなっただけでなく、空を飛ぶこともできるようになったのだ。生まれたばかりの頃は、小さな羽をパタパタと動かしていただけだったが、少しずつその羽も成長し、今では立派な翼と呼べるようになった。

 上空を旋回しているノアを見上げるイザベル。

 太陽の光を受けたノアの体がきらりと光って見えるときがある。体に生えてきた白銀の鱗が反射しているのだ。きらっと白く光るときもあれば、虹色のように輝くこともある。

 嬉しそうに鳴きながら飛び回るノアを見ると、イザベルもここまで頑張ったかいがあるというものだ。

 一方で心に残る罪悪感。犬小屋の中で小さく身を潜めていた姿を思い出す。

 きっとあんな狭いところに閉じ込められているより、こうやって広い空を思う存分飛び回りたいはず。


「ベラ?」


 ベラがスカートの端を咥えて引っ張っていた。まるでこっちに来てといっているようだ。地上に戻ってきたノアとイザベルは顔を見合わせ、歩き出したベラの後をついていくのだった。

 ベラに導かれるがまま、森のより奥へと進んで行く。茂みを掻き分け進んだ先で、ベラがくるっと後ろを振り返った。どうやらここにふたりを連れてきたかったようだ。


「ベラ、あなた天才だわ!」

「わん!!」


 ベラに連れられ辿り着いたのは、大きな洞窟だった。森のだいぶ奥深くまで来ており、普段であればイザベルもなかなか来ない場所だ。こんなところに洞窟があったなんて、と驚きを隠せない。

 洞窟の中を覗き込むと、中にはひんやりとした気持ち良い空気が流れていた。

 入口付近には実のなった木も生えており、食べ物にも困らなそうだ。


「ノア、今日からここで暮らすの」

「きゅん……」


 やはりイザベルの言葉をしっかりと理解しているのか、悲しそうな表情で見つめ返すノア。イザベルは心を鬼にして続ける。


「今までみたいに毎日ご飯を持ってくることはできなくなるの。ちゃんと自分で木の実を取って食べるんだよ……。次来るときは、たくさん食べ物持ってくるからね」


 今まで家の隣の犬小屋にいたノア。毎日会いに行き、ご飯を持っていくことも、会話をすることもできた。

 けれど、十歳になったイザベルは両親の手伝いやら、友達との予定やら、暇とは言い難い日々を送っていた。そのため、森の奥深くにあるこの洞窟に、毎日通うことはできないのだ。


「きゅう……」


 ノアはイザベルの近くに寄ってくると、甘えるように顔をすりすりと擦り付ける。体が大きくなっても、相変わらずくりくりの目は愛嬌があり、イザベルはその可愛さの虜だ。しかし……


「ダメよ! これはお別れじゃないの! ね?」

「きゅう……」

「ちゃんとここに遊びに来る。絶対よ。だからノアも良い子にしててね。約束」


 おでことおでこを合わせてごっつんこ。約束のしるし。


 できる限り会いに来るからね、そう心の中でイザベルは誓った。


 それから数年間、この生活が続いた。

 未だにノアの存在がバレることもなく、イザベルは時間を見つけては森の奥の洞窟に通っていた。




「はぁ」


 時は流れ、イザベル十九歳。

 悩みの尽きないお年頃だ。


「きゅ?」

「ノアは私の癒やしよ〜!」


 イザベルのため息を心配したのか、近づいてきたノア。もうイザベルと同じくらいの大きさに成長していた。イザベルはぎゅっとノアを抱きしめる。


「ノア、聞いてくれる……?」


 イザベルの最近の悩みの種は、新しく就任した領主だ。

 以前の領主は村の住民たちに、とても親切にしてくれる優しい人だった。そんな前領主も年齢を重ねていたこともあり、先日病で亡くなってしまったのだ。

 子どもに恵まれなかった前領主亡き後、新しい領主としてやって来たのは領主の甥。彼が何とまあ難あり。

 さらに困ったことに、なんとその新領主の息子がイザベルをたいそう気に入っており、事あるごとにちょっかいを出してくるのだ。その息子が良い人柄であれば、イザベルも困ることはなかったのだが、何においても人を見下すあの態度はどうしても気に入らない。あの領主にこの息子ありといった感じだ。


「ああ、もう嫌だ〜〜〜!」

「きゅきゅ!」


 ノアに癒やされつつも、胸の奥に引っかかった何かを感じるイザベルだったが、それには気づかないふりをした。

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