第二十話 「勘……?」
ひとしきり泣いた後は、目が赤くパンパンになったお互いを見合い、少し笑みをこぼす。
オリヴィアの中には、まだ何ともいえない感情が残されたままだったが、思い切り泣いたことで、少しすっきりした気持ちにもなっていた。
最後にベラのお墓を撫でるように触れると、オリヴィアは立ち上がり、横へ移動した。
イザベルの十字架の前へと。
「変な気持ちだわ。今、私は、ここにいるのに、もうひとりの私がここに眠っている」
自分とは別のもうひとりの自分が眠っているのだと思うと、悲しいとも嬉しいともつかない、不思議な気持ちになっていた。
そんな彼女の横にノアが静かに移動する。そして、オリヴィアの手を取りながら跪いた。
オリヴィアは手を引かれ、自然と体がノアの方向へ向く。
ふたりの視線が交わる。
「イザベルに誓う。俺は……オリヴィアを絶対に守ると。何があっても」
ノアの真剣な眼差しがオリヴィアを射抜く。
あんなに可愛かった子がいつの間にこんな目をするようになったのかしら、とオリヴィアは顔を赤らめつつ、小さな胸の高鳴りを感じていた。視線を逸らしたいのに、逸らすことができない。
「そ、それより、どうしてノアは私がイザベルだと分かったの?」
「昨日の約束が……イザベルと同じだった。それに子守唄も」
「それだけで?」
約束の方法も、子守唄もオリヴィアだけの特別なものではない。子守唄はイザベルの母から聞いたもので、約束の方法に関しては村の人たちもやっていた。
「あと……勘だな」
「勘……?」
「俺がイザベル……いや、オリヴィアを見逃すことはないってことだ」
そう言ったノアの口角はやや上がり気味で、目は鋭く光っていた。
「腹も減ったし、そろそろ帰るか」
ノアの体が光に包まれ、大きなドラゴンの姿へと変化した。
オリヴィアが乗りやすいように、ノアが体勢を低くする。巨大なドラゴンの体に乗るのに慣れていないオリヴィアは、何とかノアの体によじ登るように乗った。
オリヴィアがしっかりと掴まったことを確認したノアが飛び立ち、ふたりは王城への帰路を進む。
往路での雰囲気とは打って変わり、あの宝物のような日と同じく、ふたりで空の旅を楽しんだ。
城が見えてくると、二匹のドラゴンが周りを飛んでいるのが目に入った。
何か異様な雰囲気を感じつつ近づいていくと、飛んでいるのがケイレブとリリーであることにノアは気がついた。
同時に二匹もノアに気づき、近づいてきたのだが、それに構うこと無くノアは中庭へと向かう。
ゆっくりと地上に着地し、またオリヴィアが降りやすいように体勢を低くするのだった。
「ありがとう、ノア」
そう言いながら、オリヴィアが背中から降りると、ノアは再び人型へと戻ったのだった。ケイレブとリリーも続くように中庭に降り立ち、人型へと戻る。
「王! お昼になってもお戻りになられないので探したのですよ! どこにもお姿が見えず、どれだけ肝を冷やしたか!!」
ふたりはノアを取り囲み、大声でどれだけ心配したかを訴えているが、当の本人はどこ吹く風という感じだ。
オリヴィアはドラゴンたちのやり取りを、少し離れたところで見守っている。王城に戻ってくれば、オリヴィアはいち使用人だ。
ノアは一度ため息をつくと、オリヴィアへと視線をやり、手を差し出した。
「行くぞ」
これを聞いたケイレブとリリーのこめかみには、血管が浮き上がっている。
「王!! 何故人間なんぞに手を!」
「そうです! ましてやお背中にお乗せになるなんて! なんでこんな女なんかを!!」
勢いを増すふたりの嵐も、ノアの耳には一切入っていないのか、ただオリヴィアを見つめている。手を取ってくれないオリヴィアに、どうしたのかと首を傾げていた。
ノア……! いつも通りに……!
オリヴィアは心の中で強く願った。
が、時すでに遅し。
オリヴィアは、事前に、王城ではいつも通り振る舞うようにと言っておくべきだったと後悔していた。とはいえ、人間である自分が今口を挟めば、状況を悪化させかねない、とオリヴィアは口を噤む。
オリヴィアがどうしたものかと迷っていると、新たな来客が中庭に現れた。
「大変だよ! ドラゴンが!」
慌てた様子で走って来たのは、風のドラゴン・チャーリーだった。何が言いたいのか掴めず、みんながチャーリーの方を向いたまま話の続きを待っている。
「ドラゴンが、村の外れで殺された!!」
「何だと!?」
突然の知らせに場は騒然となった。さすがのノアもこれには驚きを隠せない。
「王、これは異常事態です。ローマンとハンナもすぐに呼び寄せるので、このまま一緒に来てください」
「ああ。オリヴィアは自室に戻れ」
「かしこまりました」
ドラゴンたちは落ち着かない様子で城の中へと入っていった。オリヴィアはその背中を見守ることしかできない。
――一方、その頃
「どうだ? 俺たちの力は証明された。あとは、お前次第だ」
「……」
村の端で話すふたりの男性の姿を捉えている者は誰もいなかった。




