第十六話 「気が付かないか……?」
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翌朝、少し気まずい気持ちで王の部屋に向かったオリヴィアだったが、扉の先にはいつもと変わらない王が待っていた。昨日の出来事など一切気にしていない様子に、オリヴィアはちょっと拍子抜けする。
王がいつも通りなのであれば、自分もそう振る舞おうとオリヴィアは思った。
いつものように王の髪をまとめ、部屋の掃除に取り掛かかる。
普段は髪を結び終えると、王は部屋の中で気ままに過ごし始めるのだが、今日は何故か、掃除をするオリヴィアの前に立っている。
「どうかなさいましたか?」
「行くぞ」
オリヴィアの『どこに?』という質問を返す間も与えず、王は部屋の大きな窓の前までオリヴィアの手を引っ張っていった。そのまま、身の丈以上もある窓を開く。
外から気持ちの良い温かい風が部屋の中へと流れ込んできた。
王が窓の縁に立つ。
「陛下……!?」
いきなり何事かとオリヴィアは目を見開く。王城の最上階に位置するこの部屋。窓の外を見ると、自分たちがどれほどの高さにいるのかがよく分かる。
次の瞬間、王の体は光に包まれドラゴンの姿に。オリヴィアのお腹の辺りを咥えたかと思うと、そのまま窓の外へと飛び立つのだった。
「きゃ、きゃあああああ!」
オリヴィアはまさか自分が咥えられて、空を飛ぶなどと想像もしていなかった。
突然のことに悲鳴をあげてしまったオリヴィアだったが、数分も経つと少しずつ気持ちも落ち着いてきた。
咥えられているお腹に痛みはなく、気を遣っているのか王がゆっくりと飛んでくれている気もする。
オリヴィアはその気遣いを感じ取り、大人しくじっとしているのだった。
落ち着きを取り戻し、余裕もでてきたオリヴィアは下へ視線をやってみる。
生まれてからずっと王城で過ごしてきたオリヴィアにとって、初めて目にする王城外の景色が広がっていた。
前世と比較すると、やはり人が住んでいるような街も建物も見当たらない。崩れかけた建物が時たま目に入るくらいだ。
荒廃という言葉が似合う光景だとオリヴィアは思った。人間の文明が失われていくことで、人工物が減っていくのは理解できる。けれど、それだけではなく、緑さえもこの地からは失われているように見えるのだ。
以前、リアムが言っていたことが頭を過る。
『最近は雨が降らないから……城に近いところは良いんだけど、村の方へ行くと草木が枯れ出してひどい有り様さ』
まさにリアムの言っていた景色がオリヴィアの眼下に広がっていた。
そんなことに思考を巡らせていると、目的地に着いたようで、王が徐々に高度を下げていく。
着地した場所はまだ自然が残っていて、辺りは森に囲まれている。その中にポツンと建物だったらしい建造物が残っていた。
おそらく元は白い建物だったのだろう。今は全体的に黒ずみ、灰色がかっている。屋根は崩れ落ち、建物の中は雨晒しの状態だ。壁には蔦が絡みつき、灰色と緑のコントラストで彩られている。
オリヴィアはその建物をゆっくりと眺める。
初めて外界に来たはずのオリヴィアだが、何故かこの建物に懐かしさを感じていた。
「これだけでは思い出さないか?」
いつの間にか人型に戻った王が、オリヴィアに問う。
「どういう意味でしょうか?」
王はオリヴィアの質問には答えず、建物の方へと歩いていく。そのまま、もう崩れて見る影もない入口だったであろう場所から、建物の中へと入っていった。オリヴィアもその後に続く。
中に入っても太陽の光が差し込み、外と変わらない外気がふたりを包みこんでいた。建物の真ん中辺りまで進んだところで、王が足を止め振り返る。
「ここでイザベルが死んだんだ」
オリヴィアは何も言えず、ただ大きく目を見開く。そして蘇るのはあの最後の日の出来事。
『邪魔者が多くて困ったもんだ。さて、気を取り直して……ドラゴンよ、今度こそ死ねええ!!』
あの日、剣で切られた場所を握りしめるオリヴィア。
呼吸の仕方が分からない。
頭が混乱し、目の前が真っ黒になる。
オリヴィアはその場に膝から崩れ落ちた。
「すまない……!」
何も見えない暗闇の中、温もりを感じるオリヴィア。
「大丈夫だ。今度は絶対に死なせない」
何度も何度も大丈夫だと繰り返す。
オリヴィアの耳にやっと王の声が届く。
オリヴィアが強く瞑った目をゆっくりと開くと、そこは太陽の光が差し込む、変わり果てたあの教会の中だった。先ほど感じた温もりは、王が抱きしめてくれていたのかと気がつく。王の腕の中で、何とか呼吸を整えながらオリヴィアが聞いた。
「お父さんは? お母さんは? ベラは? 村の人は? ……ノアはどうなったのですか?」
王は俯きながら、ぽつりぽつりと答える。
「ベラは……あの後すぐに死んだ。イザベルの両親は王城に連れていき、使用人として働いていた。ノアは……」
そこで言葉が途切れる。
「あぁ……、ノアはやはり死んでしまったのですね……ひどい怪我をしていたんです。全部、ぜんぶ私のせいなのに」
優しく支えてくれていた腕に力がこもった。
「気が付かないか……?」
そう言う王の顔を見ると、今にも泣き出しそうな、辛そうな表情をしていた。腕の力がより一層強くなる。
その顔を見たオリヴィアの頭に、今までありえないと否定してきた考えが蘇る。昨日ふと思い出したあの憶測が……。
「……ノア?」
オリヴィアを抱えている王の腕が、びくっと反応する。
「ノア……ノアなの……?」
オリヴィアには、心なしか王が震えているように見えた。
「こんなに大きくなったのね。嬉しいわ、ノア」
「イザベル……!」
「ねえ、ノア。何があったのか……教えてくれる?」
王はあの日を思い出すように、俯きながら静かに語りだした。イザベルが死んでからの約千年の出来事を。




