第十五話 「ドラゴンなんかに……」
真剣な目で王に見つめられるオリヴィア。
ふたりの間に沈黙の時間が流れる。
オリヴィアは気が付いた。
王に、『イザベル』と前世の名で呼ばれ、思わず返事をしてしまったことに。
おでことおでこを合わせる約束の合図も、前世から体に染み付いていたものが無意識に出てしまっていたことに。
同時にオリヴィアの中に大きな疑問が生まれる。
何故、王はオリヴィアの前世の名前を知っているのか。思考を巡らすが、答えは見つからない。
悩んだ末、偶然同じ名前の知り合いがいるのかもしれない、とオリヴィアは結論付けるのであった。イザベルという名前は特別珍しいものでもないから、と自分を納得させる。
オリヴィアが思考に耽っている間も、王はオリヴィアを見つめたままでいた。
何か言わないといけない気がするが、何と答えれば良いか分からないオリヴィア。それでも、沈黙を貫く王に返事をしなければこの場は収まらない。
「ただ咄嗟にお返事をしてしまいました。この部屋には陛下と私のふたりしかいませんし……」
王の表情は曇ったままだったが、オリヴィアがこれ以上何も言わないと悟ったのか、オリヴィアを膝から下ろし、自室に戻らせるのであった。
王の部屋を出て、廊下を歩いていくオリヴィア。
窓の外に広がる青空に目を向けると、眩しい太陽の光が差し込んできていた。美しい青色を背景に飛ぶドラゴンの姿はもうない。がらんと広がった青空に、オリヴィアはどこか物寂しさを感じていた。
オリヴィアは一度足を止めて窓に寄り、改めて外を覗き込む。ぼんやりと空を眺めていると、先刻の空を舞う王の姿が思い出された。大きな翼が太陽の光を受け、きらきらと色を変えながら光る。
『きゅ〜』
ふと、オリヴィアの脳裏に昔々に会ったあの子の声が蘇ってきた。以前にありえないと否定したあの考えが、またも頭に浮かんでくる。
でも、あの子は……ノアは私のせいで……。
前世の最後の記憶はいつでも克明に思い出せる。あの残酷な最後の日。教会中に響き渡る悲鳴と苦痛の声。ノアの鳴き声。ベラの鳴き声。そして……
「オリヴィア!!」
誰かに大声で名前を呼ばれ、オリヴィアは我に返った。振り向くとリアムが心配そうな顔で駆け寄ってくるところだった。
「無事か!?」
両肩を捕まれ前後に揺すられるオリヴィア。リアムはオリヴィアに何かあったのではないかと心配でたまらないのだ。
想いとは裏腹に、その心配はリアムの力加減を誤らせる。強く掴まれた肩は痛み、思い切り揺すられたオリヴィアは顔を顰めていた。
リアムはそれに気づき、すまないと謝って手を放す。
「私は大丈夫よ。陛下は危害を加えたりしないわ」
「俺には容赦なかったけどな」
「それはリアムが陛下に無礼な態度を取ったからよ。敵意も剥き出しだったし」
「オリヴィアはドラゴンを庇うのかよ!!」
また、普段とは違う怖い顔になるリアム。
オリヴィアはリアムのことを深く知っているつもりだった。けれども、今目の前にいる恐ろしい顔つきの男性をオリヴィアは知らない。
いつも笑っていて、たまに怒られたり喧嘩をすることもあったが、こんな狂気をはらんだ表情をするような人ではなかった。
オリヴィアは知らない人と対峙しているような感覚に陥り、思わず一歩後ずさる。
「リアム? 何だか怖いわ……」
「ドラゴンなんかに……」
「何かあったの?」
幼馴染であるリアムの異常な様子に、彼が何か思い悩んでいるのだとオリヴィアは感じ取っていた。恐怖と同時に、力になりたいとも思うオリヴィア。何かあるなら打ち明けて欲しいという気持ちで、リアムを真っ直ぐに見つめ返す。
数秒の沈黙の後にリアムは言った。
「いや、ごめん。俺がどうかしてた。ちょっと一息ついてくる」
そう言うと、いつものようにオリヴィアの頭をぽんっと叩き、背を向ける。
オリヴィアは小さくなっていく後ろ姿を、ただ見つめることしかできなかった。
心のどこかで一抹の不安を覚えながら。




