第十四話 「約束です」
名前を呼ばれた方へオリヴィアが視線を向けると、廊下の先にリアムが立っていた。
「リアム!」
ずんずんとオリヴィアのところへ近づいてくるリアム。
王を前に、堂々とこちらに歩いてくる姿に、オリヴィアは慌ててしまう。ドラゴンと遭遇したら、まずは何よりも先に挨拶と一礼をするのが使用人の常識だ。
オリヴィアがどう声をかけるべきか迷っている間に、事件は起きた。
「ぐっ」
リアムの苦しそうな声が長い廊下に響く。
王がリアムの敵意に反応したのだ。オリヴィアを片手で抱えたまま、王がもう一方の手をリアムに向ける。
すると、リアムは見えない力に押しつぶされるように片膝を地面に着いて苦しげな声をあげていた。
「無礼者」
王の声に感情はなく、その視線は冷酷さを感じさせるものだった。
リアムは重力のような力に逆らえず、徐々に地面に這いつくばるような恰好になっていく。何とか抗おうとするが、王の力には勝てるはずもない。
オリヴィアはどうしたものかと、ふたりの顔を交互に見交わす。リアムを助けなければという焦りがオリヴィアを満たしていく。
「おやめください!!」
叫ぶように言ったオリヴィアの願いは、王の耳には届かない。
リアムへと向けた冷たい視線をそのままに、力を強めていく。リアムはもう呼吸もままならず、必死に息を吸おうとする音だけが聞こえている。
どうにか……! どうにか私の声を届けないと!
オリヴィアは必死に考える。そして咄嗟に思いついたことを実行に移す。
一度生唾を飲み込み、意を決したオリヴィア。
「王! おやめくださいませ!!」
オリヴィアは王の顔を両手で包み込み、自分の方へ向かせ、無理矢理に目線を合わせた。
王の顔に触れることが無礼であることは百も承知していたが、他にリアムを助ける方法を思いつかなかったのだ。
王の視線はオリヴィアに向いたが、まだどこか心ここにあらず。
「お部屋に……お部屋に戻りましょう?」
今度は優しくオリヴィアは問いかけた。
ようやく、王とオリヴィアの目がしっかりと合う。声が届いたことに、ほっとするオリヴィア。
我に返った王は、自分の顔を押さえるオリヴィアの手が小刻みに震えていることに気付き、リアムへの魔法を解いた。
背後からリアムの咳き込む声が聞こえ、呼吸ができるようになった様子にオリヴィアは胸を撫で下ろした。
王はそんなオリヴィアの様子が気に食わなかったが、リアムにはもう視線も向けず、オリヴィアを抱えたまま部屋へと向かうのだった。
部屋に入ると、一直線にソファへと向かいストンと腰を下ろす。抱えられたままだったオリヴィアは、自然と王の膝の上に座る形になった。
「はあ」
大きなため息を落としながら、王はオリヴィアの肩に頭を預ける。そしてオリヴィアの肩に頭をぐりぐりと押し付けた。
疲れているような、何かを抑え込んでいるような様子の王をオリヴィアは心配していた。少しでも落ち着いてもらえれば、と思いオリヴィアは王の肩をぽんぽんと叩く。
少しして、王が動かしていた頭を突然止めた。オリヴィアもつられて手を止める。
「俺が怖いか?」
小さな声で王がオリヴィアに問いかける。
「……少しだけ」
オリヴィアは素直に答えた。
王が魔法を使うのを見るのは初めてだった。もちろん、誰かにあそこまで無慈悲に攻撃をする姿も……。
オリヴィアが恐怖を覚えるのも無理のない話しだった。
落ち込んでいる様子の王に、正直に答えるのはどうかと迷ったオリヴィアだったが、嘘をついてもバレてしまうだろうと本音で答えたのだ。
「そうか」
案の定、王は先ほどよりも落ち込んでいるようだった。その様子に、オリヴィアは申し訳ないという感情が湧いてくる。
「ですから……無闇に怒りに身を任せてはいけませんよ?」
オリヴィアの言葉に、王は顔を上げ、オリヴィアと視線を合わせる。
「ああ、分かった。約束しよう」
王の返事を聞いて、ふんわりと笑ったオリヴィア。
「はい」
こつん
オリヴィアは自分のおでこと、王のおでこを合わせた。
「約束です」
顔を離したオリヴィアの目に映ったのは、目を見開き、驚きの表情を浮かべる王の顔だった。
「……イザベル」
「どうしましたか?」
王はオリヴィアの両肩に手を置き、体を少し離す。
明らかに様子のおかしい王を見て、オリヴィアはどうしたのかと不安になる。
「今何と言った?」




