第九話 「どうした? 俺の傍に来い」
無言の静寂が続く。
オリヴィアは少し俯いている王の顔を、ちらっと覗き込んでみる。
すると、王は眠っているかのように目を閉じていた。声をかけることもできず、ただ時間が過ぎていくのを待つオリヴィア。
ゴーン
正午を告げる鐘が城内に鳴り響いた。
鐘の音を耳にすると、王はオリヴィアから頭を離し、立ち上がる。
「行くぞ」
そう言うと、部屋の扉に向かって歩き出した。握られたままのオリヴィアの手が引っ張られる。
「あ、あの! 手が!」
オリヴィアの言葉を聞き、立ち止まった王は繋がれたままの手を見つめる。やがてその手をパッと離すと何事も無かったかのように食堂へと歩いていくのだった。
使用人部屋に戻ろうかと一瞬躊躇ったオリヴィアだったが、『行くぞ』と言われたので、王の後を追うことにした。
食堂の扉を開き、王を中へと促すオリヴィア。
既に席についていたケイレブが凄まじい形相で睨んできていた。
炎のドラゴン・リリーは一緒に食堂に入ってきたふたりを見て、激しい怒りを顕にする。机を思い切り叩きつけ立ち上がると、大声でオリヴィアを叱りつける。
「あんた!!」
ケイレブの冷たく凍えるような殺気とは違い、リリーのそれは全てを燃やし尽くす業火のような殺気だ。
首の痛みが蘇り、オリヴィアはその場から動けなくなってしまう。
「黙れ。これから身の回りのことは、この使用人に任せることにした」
食堂に揃った五人のドラゴンたちの反応は様々だった。
先ほどからオリヴィアに対し、激しい敵意を剥き出しにしているケイレブとリリーはまったく納得のいっていない顔だ。
土のドラゴン・ローマンと水のドラゴン・ハンナは何が始まるのか興味津々といった感じでことの成り行きを見守っている。
風のドラゴン・チャーリーに至ってはこの騒動に一切興味がないようで、もはや話を聞いている素振りすらない。
そんな中、オリヴィアはこの状況に内心とても焦っていた。昨日のように痛めつけられるのは御免被りたいところだ。
ドラゴンたちのこの不穏な空気に、また背中に冷や汗を感じるのだった。
「何故です! 今まで通り私めが!!」
やはりまだ納得のいかないケイレブ。
王の身の回りの世話をすることに誇りさえ感じていた彼は、突然人間の使用人ごときにその任を奪われることを強く遺憾に思っていた。
「そうです! 私もいるではありませんか!」
リリーも気持ちは同じだった。今まではケイレブだから任せていたものの、人間にやらせるなんてことは断じて許容できることではなかった。
王はふたりへつまらなそうに視線をやる。
「鬱陶しいぞ」
この一言はケイレブとリリーに相当な衝撃を与えた。ふたりは言い返す気力さえも失い、ただ王を見つめ返すことしかできなかった。
「異論は認めない」
追い打ちをかけるように王が加えて言った。
場が静まると、何もなかったかのように王は自席へと歩いていく。席に着くと、まだオリヴィアが扉のところで立ち尽くしたままだったことに気がついた。
「どうした? 俺の傍に来い」
当たり前のように言う王。
オリヴィアはその言葉に少しドキッとしてしまったが、王に他意は無いと思い直し、平常心を心がけながら王の傍へと小走りで向かった。
王は用意されていた食事に手をつける。
リリーは顔を真っ赤にして、食事もそのままに食堂から出ていってしまった。出ていくリリーの後ろ姿をぼんやりと見ていた王は、隣に立つオリヴィアを振り返る。
「お前があれを食べればいい」
衝撃的な申し出にオリヴィアは肩をびくっと震わせる。王越しに、今にも噛みつきそうな形相で睨んでいるケイレブが目に入る。
「恐れ多いことにございます。使用人部屋にて食事を取らせていただきますので、お気遣いなく」
ドラゴンのために準備された食事を使用人が食べるわけにはいかない。それに、リリーを怒らせてしまった直接的な原因であるオリヴィア自身が彼女の食事を奪ったなんて知られた日には、何をされるかと背筋が凍りつく思いだった。
「ここで食べても変わらないだろう」
それでもオリヴィアの意図は王にまったく伝わらない。むしろオリヴィアの言っていることの方が不可思議だという表情でオリヴィアを見ている。
「我々ドラゴンと人間がともに食事を取るなど!!」
もう黙ってはいられないとばかりに声を張り上げたのはケイレブだった。わざわざ口には出さないが、これに関しては他のドラゴンたちも同意見のようだった。
「そうか」
王は一言だけ言うと、無言で食事を続けるのだった。
「もう下がっていい。夜にまた部屋に来い」
数分経った後に、王は何を思ったのかそうオリヴィアに言いつけた。
夜の呼び出しも気になりつつ、それ以上にこの空間を一秒でも早く抜け出したかったオリヴィア。
「承知いたしました。失礼いたします」
ドラゴンたちに一礼し、そそくさと食堂から出ていくのだった。




