第八話 「このまま眠れそうだ」
夜になり、仕事を追えた使用人たちが部屋へと戻って来る。
オリヴィアは今日の出来事をみんなに伝えた。明日から毎朝、王の部屋へ行くことになったことも。
みんなの頭を過るのは、傷ついて帰ってきた昨日のオリヴィアの姿だったが、王の命令は受け入れるよりほかない。
オリヴィアの母やマーヤも含め、使用人たちが心配そうな顔で項垂れる中、リアムだけはこの件について、なかなか引き下がらなかった。オリヴィアの身に何かあってからでは遅い。危険なことはやめるべきだ、と……。
しかしどれほど納得できなくても、この城内に王に逆らえる存在はいないのだ。
+++
翌朝、オリヴィアは気持ちを切り替え、王の部屋へと向かっていた。片手には水を入れたバケツを、もう片方にはモップを持って階段を上がっていく。
いざ掃除、と意気込み、扉をノックすると入れという声が返ってきた。覚悟を決め、扉を押し開けるとそこは……
「綺麗だわ……!」
使用人部屋ほどの広さがありそうな、大きな部屋がオリヴィアの目の前に広がっていた。置かれている調度品や、装飾品の類は明らかに使用人の部屋とは異なり、高価なものであるのがひと目に分かるものばかりだった。
空のドラゴン・ケイレブの言いつけにより、使用人は一切王の部屋への立ち入りを禁止されてきた。
そのためオリヴィアは長期間掃除されず、荒れ放題の部屋を想像していたのだが、このだだっ広い部屋は見事に整理整頓され、埃ひとつ見当たらない。
「……どうした」
「お部屋が、その、お綺麗だなと思いまして」
オリヴィアの言葉に、王は急に何を言い出すのかという表情で首を傾げた。
「ケイレブが毎日やってきて、そこら中何かやっている」
そう言う王は、やや眉をひそめており、毎日やってくるケイレブを鬱陶しいと思っているのが滲み出ていた。
立ち入り禁止を言いつけている本人がやってきて、しっかりと部屋を清掃していたのか、と納得したオリヴィアだったが、同時に王の言葉がひっかかる。
毎日……?
その思考を遮るように、王が言った。
「早くしろ」
「は、はい! ただいま」
王は準備万端とでも言うように、椅子に座りオリヴィアを見ている。オリヴィアはその後ろに回り込み、忘れずに持ってきた髪留めを取り出した。
「失礼いたします」
王に一声かけ、白銀の流れるように輝く髪の毛に触れる。
一度、髪をすべて持ち上げ、手櫛しを通し、綺麗にまとめていく。順調に髪を整え、持ってきた髪留めでひとまとめに結ぶ。
結び終わると、オリヴィアは一歩後ろに離れ、出来栄えを確認した。
うん、我ながら良い感じにできた。
オリヴィアがちょっとした自己満足に浸りつつ、王に終わったことを報告しようとしたそのとき……。
「我が王よ! 本日もお部屋の掃除に参りまし……!?」
先ほどオリヴィアが通ってきた扉に、目玉が零れ落ちそうなほど目を見開いたケイレブが立っていた。
オリヴィアはというと、実は同様に目が飛び出るほどの衝撃を受けていた。
扉開けて入ってきたケイレブは、エプロンを着用し、頭には三角巾を巻きつけ、右手にはたきを持っていたのだ……。
そして、目が合うオリヴィアとケイレブ。
「貴様!!」
ケイレブが鬼のような形相で叫んだ。
食堂で感じたあの殺気が、またオリヴィアに襲いかかる。オリヴィアは無意識にまだ治っていない首の傷に手を添え、冷や汗が背中を伝っていくのを感じた。
「た、大変申し訳ございません……」
消え入りそうな声でそう言い、頭を下げるオリヴィア。
ケイレブは今にもオリヴィアに襲いかかりそうな雰囲気だ。
「出ていけ」
王が静かに言った。
「はい!」
王の命に従うオリヴィア。座っている王の横を通りすぎ、部屋の出口へ向かおうとするが……
「え?」
横を通り過ぎた瞬間、王がオリヴィアの手を掴んだのだ。
「お前は残れ。お前だ」
王が見据えたのはケイレブだった。ケイレブは先ほど以上に目を見開き、王とオリヴィアを見ている。
「王よ!! 何故その娘を!」
「黙れ」
相変わらず静かに、それでいて有無を言わせぬ迫力で話す王。
ふたりのやり取りを見ていたオリヴィアは、やはりこの白銀のドラゴンが王なのだと改めて実感していた。
「お前はもう朝は来なくて良い」
「ですが……!!」
「二度は言わない。行け」
「……はい」
王へ深く一礼すると、ケイレブは鋭い視線をオリヴィアへと送り、扉を閉めた。
ケイレブの殺気、王の威圧感に気圧され、心臓がどくどくと脈打っていたオリヴィア。ケイレブの退出とともに王の雰囲気も和らぎ、やっと深く息を吐くことができた。
だが、ほっとしたのもつかの間、未だに掴まれたままの腕へと意識が持っていかれる。
「はあ」
王が大きなため息をこぼす。オリヴィアはどうすべきか分からず、横で大人しく立っていることしかできない。
そのオリヴィアに、王が無言でもたれかかる。
「へっ!?」
突然のことに声をあげるオリヴィアだが、王はそんなことを気にする素振りも見せない。
「何でだろうな……お前の近くは落ち着く」
何と答えたものかと、オリヴィアはどぎまぎしてしまう。
「このまま眠れそうだ」
このまま眠る……?
オリヴィアは王の言葉に疑問を感じながらも、ただ横に立ち尽くしていた。




