第七話 「私ですか……?」
この夜、使用人たちは使用人部屋に集まり今日の出来事を共有していた。話し合いの末に、今後はドラゴンたちを刺激しないよう、オリヴィアを配膳係から外すことが決定された。
しかしそんな努力も虚しく、その翌日、オリヴィアの目の前には王が立っていた。
「結べ」
みんなの計らいで城の中心部から離れた倉庫の清掃を割り当ててもらったにも関わらず、白銀のドラゴン、このリヴァグン王国の王がオリヴィアのもとに現れたのだ。
「陛下、私のような使用人が陛下に触れることなど許され……」
「いいから、結べ」
昨日の今日だ。オリヴィアは王にまた触れることを想像すると、まだ残っている首の痛みが一層強くなった気がした。
とはいっても、王の命令をはっきりと断ることも使用人には難しい。遠回しにできないことを伝えようとしたが、それを遮るように王は命令を繰り返した。
断れない……。
また首にズキッとした痛みを感じたが、オリヴィアは覚悟を決め、王の後ろへと移動する。
自分の髪を解き、結んでいたもので王の髪を結ぶ。今後は予備として、もうひとつ持ち歩くべきかと悩むオリヴィアだった。
「陛下、できました」
王はちらっとオリヴィアを見て頷くとまた前を向き、そのまま動かなくなってしまった。王をこのまま置いて勝手に立ち去ることもできない。オリヴィアもまたその場に立ち尽くし、どうしたものかと王の様子を窺っていた。
「明日はどこにいる?」
「明日ですか……?」
「いちいち気配を辿るのが面倒だ」
気配を辿るという言葉がオリヴィアには引っかかった。
こんな城の外れに現れたのは、やはり意図的にオリヴィアを探し出して来たのだ。
「今後は使用人一同に髪を結ぶものを持ち歩くよう伝えますので、近くにいる者に……」
「お前じゃないと意味がない」
またもオリヴィアの言葉を遮るように、はっきりとした口調で言う。オリヴィアの方を振り返り、ふたりの視線が交わる。
「私ですか……?」
「お前は……ローマンみたいだ」
少し間を挟さみつつ、ローマンのようだと王は答えた。
オリヴィアは地のドラゴン・ローマンを脳内に浮かべる。力が強く、いつも堂々としている印象で、自分との共通点など微塵も見当たらないと不思議に思った。
黙っているオリヴィアが困惑の色を浮かべているのを見て、王は言葉を付け足す。
「俺に対する過度な期待が無い。それに恐怖心や嫌悪感も無い」
その言葉にオリヴィアははっとした。
オリヴィアの中でこの城のドラゴンたちは恐れの対象だった。近くにいるだけで緊張し、自分の存在を消すかのように息を止め、気に障らないように心がける。そういう存在のはずだった。
ところが、王に対してだけは何故か出会った当初から、そういった緊張感は一切なかったのだ。それはおそらくその目つきが原因なのではないかと、オリヴィアは思った。
人間を見るときの視線。
他のドラゴンたちはどこか睨みつけるような鋭い視線をオリヴィアに向ける。それが王には無いのだ。
「……分かりました。それでは時間を決め、その時間に私がお伺いに上がるのはいかがでしょうか」
「ああ、それでいい。俺の部屋に来い」
「陛下のお部屋にですか……?」
空のドラゴン・ケイレブから、使用人たちは王の部屋への立ち入りを厳しく禁じられている。
「何か不満でもあるのか」
「い、いえ! かしこました」
ケイレブの命令と王の命令。どちらを優先させるべきかは明らかだ。
オリヴィアは、昨日のようにならないことを心から祈るしかなかった。
ここでふとオリヴィアの頭に疑問が浮かぶ。使用人が誰も入らない王の部屋は、いったい誰が掃除をしているのか。
それを聞こうと顔を上げると、既に王の姿はそこになかった。
明日は髪を結ぶものと、掃除道具を持って王の部屋に向かうことを決めたオリヴィアだった。




