閑話 星渡りの船 前編
前編です。
「………え?」
気が付くとおかしな場所にいた。
ツルツルなのに滑らない、石のようでプラスチックのような白い床。
壁も床も同じような質感なのに、天井だけが仄かに光って目に優しい程良い明かりが辺りを照らしている。
……私、どうしてこんな所に居るの?
えっと……確か、異世界テスでアトラへの帰り道が見つかって、従者達の能力で異次元空間を渡っている途中に……何かにぶつかった?
それで訳の分からない空間に出てしまったみたいだけど、とりあえず尻餅をついている以外は怪我もしていないし、服装もいつもの黒銀ドレスでどこも破れた様子はないけど、それだけでここがどこか分かるような物も無く、どうして通常空間に出てしまったのかも分からない。
「……不可解な」
「……言いたいことはそれだけか。ユールシア」
聞こえてきた不機嫌そうな声に下を見ると、尻餅をついたその下に、褐色の肌をした二十歳ほどの美丈夫が銀色の瞳で私を睨んでいた。
「あら、リンネ。奇遇ね」
「……絶対に気付いていただろ?」
いえいえ途中からですよ。冷たそうな床よりもギュッと詰まった腹筋の上のほうが、座り心地が良かったとか思っていません。
「そう言えば、リンネの声って少し若返っている?」
私が好きだったおじ様っぽい渋い声から、落ち着きだけ残して少し声が若いような感じがした。これはこれでいいかも……。
「外見年齢が上がればそのうち戻るだろ。とりあえずは降りろ」
「あう」
腹筋だけで軽々と起き上がったリンネは、体勢を崩した私の首根っこをヒョイッと摘まんで立ち上がると、私をふわりと脚から下ろしてくれた。
……リンネが私のクッションになって護ってくれたから、もうちょっとだけ浸っていたかったんだけどなぁ。
「それでここは何だと思う?」
「そうねぇ……」
とりあえずそんな場合じゃなかったわね。数千年の知識があるリンネが分からないのなら、何となく私の担当な気がする。
従者達の話ではアトラまでの途中に他の【世界】は無かったはず。パッと見て地球よりも進んだ材質。狭い間取り。窓のない空間。そして微かに移動しているような感覚。それで何かにぶつかったのだとしたら、多分……。
ピンピロリン♪
「……は?」
唐突に弦楽器のような音が流れると、取っ手のない扉のようなものが音も無く開いて数名の“人間”らしき男性達がなだれ込んできた。
化学繊維っぽいゆったりとした服。顔に付けたゴーグルのせいで個性がなくなった男達がオモチャのような銃を私へ向けると、その後ろから若い女性の声が聞こえてきた。
「?∴?んなさい。敵対したい訳じゃないの。大人しくして貰えますか?」
二十代半ば程でしょうか、凄い美人さんだったけど、やけに明るい青い髪とカラーコンタクトでも入れたようなオレンジ色の瞳のせいで、コスプレにしか見えなかった。
「言葉は通じています……? 精神感応翻訳だから、言語があれば会話出来るはずなんだけど……」
「ええ、通じていますわ」
最初にノイズみたいな音がしたのはその為かな? 多分私の【神霊語】の翻訳と干渉してごっちゃになっていた気もするけど。
「良かったわ。それにしても女の子とネコかぁ」
「え……」
気が付くと【人型モード】だったリンネの姿はなく、【黒猫モード】のリンネがするりと私の肩に登り、耳元でそっと囁いてきた。
『(この姿のほうが警戒されにくい。適当に合わせろ)』
「……(了解)」
「……どうかしまして?」
「いいえ。ところで、どうして私がここに居ると?」
わずかに訝しげな顔をした彼女に、ニコリと微笑んで誤魔化しておく。
「それよりまずは移動しませんか。そしてようこそ、我らの世界へ。私はセブラ。新たな異星人との接触を歓迎しますわ」
「ありがとう」
異星人……ね。
彼女――セブラの案内で白い通路を移動する。その途中に大きな窓が有り、その向こうには白を基調にした都市と……星空が流れる河があった。
空が映っているんじゃない。空にも逆さまになった街があって、もしここが私の予想通りだとしたら。
「……船……」
河は外部が見える巨大な窓。
ここはコロニー型宇宙船で、どうやら私は次元航行中のこの船と異次元で接触事故を起こしてしまったみたいです。
***
移民用コロニー型宇宙船00302は、母星を離れてから506年、初めて人型知性体と遭遇する。
この船では現在八千万人の人類が居住し、移民出来る惑星を求めてあてのない長い旅を続けていた。
これまでも生命体が存在する惑星はいくつか発見していたが、そのどれも大気成分や環境などで惑星改造に数千年掛かると判断され放棄されている。
その中には独自の文化や言語を有する原住生物も居たが、外見形状や思考形態が違いすぎて知的生命とは認められず、接触にまで至らなかった。
そんなある日、年に二度ある異次元長距離移動中、船内にて次元震が観測された。
このような事故は珍しいが確率は0ではない。これまでも何度か異次元の隕石などと接触し、船内に異物が紛れ込んだこともあったが、今回は船内にある倉庫区画の一つから“生命反応”があったことで数十年ぶりに警備隊が動いた。
その区画担当の警備主任であるセブラは緊張していた。
異次元航行中に紛れ込んだ生命体……。それだけでもまともではないが、古典娯楽映像で観たような、人類に卵を植え付けるグロテスクなエイリアンを想像してしまったとしても誰も責められないだろう。
だがこの船のメインシステムである【マザー】は、精神感応通信にてセブラに驚くべき指令を与えた。
次元震の大きさや船内の損傷、観測される生命体2個の精神波の大きさから、独自に次元航行を行える知的生命体であると判断し、“捕獲”するように命じたのだ。
しかも片方は、精神波の波長からすると人類の近似種である可能性が高いらしい。
初めての知的生命体とのコンタクト。
しかも船ではなく個体となれば、こちらの文明を超えている可能性も有る。
「……手足が長くて蒼白くて、毛が一本もない生き物だったら嫌よね」
「「「………」」」
そんなセブラの冗談に部下達は答えない。そもそもそんな風に造られていない。
それが分かっていながらも精神の安定の為に冗談を呟いたセブラは、突入した倉庫の一つで、とんでもないモノを見た。
千年以上前の古典資料でしか見たことのない、黒地に銀糸の豪華なドレス。
遺伝子操作されて眉目秀麗な者達しか見たことのないセブラでも、思わず呆気にとられるような美しい少女。
美というものは文化や時代でも様々に移り変わる。それなのにどうして異星の少女をこれ程までに美しく感じてしまうのか……。
美を追究したことで生命力を無くし、数百年前に法で禁止されたデザインチャイルドだろうか。だがデザインチャイルドにありがちな不自然さはなく、自然に魅了されるような美しさに見蕩れていたセブラは、【マザー】の精神感応による感情抑制を受けて、彼女と接触することに成功した。
金髪の少女と黒い猫。
彼女は非常に理知的で、細菌などの検査やこちらの質問にも笑顔で応じてくれた。
……その笑顔がこちらと同じ意味を持つのなら――ではあるが、セブラは彼女が浮かべるその朗らかな笑みに、何故か背筋に冷たいものを感じた。
***
健康診断と事情聴取で一時間ほど拘束されてからようやく解放されました。
ずっと付き添っていたセブラから話を聞いてみると、かなりSFチックな内容でしたが、本当に宇宙船のようです。
さすがに未来の地球とか、そんなことは無いと思うけど……情報端末とかは触らせて貰えないので確認は出来ていない。
この船は移民用のコロニー型宇宙船で、船内人口は八千万人……すげぇな。大きさは単位が良く分からなかったけど、英国くらいの大きさがあるっぽい。
「……ユールシアちゃんは落ち着いていますね」
「あら、そうですか?」
なんとなくセブラさんの視線が痛い……。私って落ち着きすぎ!? だってこの船の人って普通の人間と変わりないし、脅威を感じないって言いますか……。誤魔化す為の変な笑顔で不審に思ったのかな?
「………」
チラリと私の膝にいるリンネに目を向けると、欠伸をしながらクルリと丸くなった。
……この猫耳野郎。面倒なことは全部私に任せやがって。
とりあえず今まで見たところ、宇宙人と言っても、外見形状も思考形態も感情表現も私が知っている“人間”と違わない。
……まぁ、良く考えてみれば、地球でもアトラでもテスでも人間は人間であまり違いはないのだから、異世界も他の星だと考えると宇宙人と変わらないのかもね。
「もしかしたら私は“悪魔”なのかも知れませんよ?」
少しだけ悪戯心を出してそう言うと、一瞬キョトンとしたセブラは勢いよく笑い出した。
「あははは、ユルちゃんったら面白い。神とか悪魔とか、千年以上前の“宗教”なんてものを知っているなんて、ユルちゃんって勉強家なのね」
「……あはは」
そうかそうか。悪魔が同じ意味に翻訳されているのか分からないけど、こちらでは宗教なんて過去の遺物で、歴史の授業で習うようなものなのね。
でも宗教がないのなら、心が不安定になった時は何に頼っているのでしょう?
目の前のセブラは普通だけど……いまだに私を監視するように遠くから見つめるセブラの部下達は、どこか感情のようなものが感じられなかった。
……それはともかく、ここでも“ユル”って呼ばれるのか。
数日後、この船のご飯はとても不味いです。――じゃなくて、ようやく市街地に降りる許可が出ました。
信心深くないどころか、ご飯は機械が作るから私の舌に合うはずが無い。ちなみに今日もリンネはどこかへ消えている。……つまみ食いなら誘いなさいよ。
目立たないように一般市民の普段着を借りたのに、市街地に出た私は何故か注目を集めていた。やっぱり髪の色が目立つのかな?
あれ? 私を見ていた人達が一瞬無表情になると、何事もなかったかのようにそれまでしていた行動に戻った。
何か宗教がいらないくらい精神を保護するシステムがある? 変な薬物じゃないのならいいけど。
「……ん?」
「どうかしたの? ユルちゃん」
妙なことに気付いて声を漏らした私に、お目付役のセブラが問いかける。
「あの子供……向こうでも見たような? でも髪の色が……」
「ああ、0247型ですね。ここ数年流行っているクローン受精体なので、この区画に同型は結構いますよ」
「へ、へぇ……」
クローンなんているのね……。でも受精体ってどういうこと? 卵子がクローンなだけで外見が似てるだけの普通の人間? 魂は普通の人間……よりは多少弱いけど許容出来る範囲です。でも良く見ると、あきらかに魂が希薄な人が居る。
例えば、売店の売り子や、セブラの部下のような人達です。……何か突っ込んで聞いちゃうと後戻り出来なくなりそう。
「あ、私はアレみたいなコピークローンじゃないですよ。一応はこの船の【マザー】と同じ生体データから造られたんですから」
「う、うん」
聞かせないでよっ。……セブラは魂が安定していない感じがする。
ピーン♪
「え、なに?」
「あ、速報みたいよ」
突然鳴り響いた音に驚いていると、外の星空を写していた河がスクリーン状に変わって速報が流れ始める。
『――今回の異次元航行で探査機を射出したところ、次回の目的地である通常空間に、移住可能率87%の惑星を発見しました――』
ワァア……と市街から歓声が聞こえた。良く分からないけど87%って高いよね? ほぼ地球型の惑星ってこと? でもそれって……
「ユルちゃん、凄いですよっ。次の異次元航行でやっと移住可能な惑星に辿り着けるんですっ!」
「………」
セブラも興奮したようにはしゃいでいた。
「ねぇ、セブラ。……もし、そこに先住民がいたらどうなるの?」
「……え? あ、そうですねっ。居るんだったら私達みたいな【人類型】だと手間が省けますね、そうなら生命核の遺伝子を採取出来ますからっ」
「採取……?」
「ええ、生命核を採取すると死んじゃうから1億以上居るといいですねぇ。あ、大丈夫ですよ、採取って結構簡単なんですから。適合率0.0000419%しかないから数だけが心配なんです。まあ増やせますけど」
「……へぇ。遺伝子ってそんなに大事なんだ?」
「そりゃそうですよ。母星だと1291人分しか遺伝子データが残ってないので、結構切実なんですよ~」
……ここら辺で、一番近い居住可能惑星って……【アトラ】じゃないの?
後編に続きます。





