閑話 地球編 囚われた時間 後編
本日二話目です。
「へい、らっしゃいっ」
都内某所に数年前に開店した一件のラーメン店がある。
某有名店から暖簾分けされた二号店で、本店は拘りを持った“らーめん”を出す店であったが、こちらは店主の性格か家族連れを意識した明るい店内と、見た目の良い若夫婦で経営していることもあり、数年で地域住民から愛されるようになった。
だがこの店は、数週間に一度店主が“出張”する時があり、その時はパートの男性店員が厨房に立つ。
腕も性格も悪くないのだが、普段昼間から酒を呑んでいる姿を見られることもあり、男臭さから彼が居る時は家族連れよりも、体育会系の学生などが多くなる。
「……恩坐、お前はまだそんなことをしているのか」
「げ、兄貴……」
幼い頃のあの事件以来、恩坐は【御山】そのものに不信感を抱き、退魔僧となる道から外れ、“拝み屋”と呼ばれるフリーの退魔師を生業としていた。
所謂“人情派”と呼ばれ、業界の一部からは評判はいいが、お人好しのお調子者が災いしてか、さほど儲かっているようには見えない。
午後も二時を回り、昼の客がいなくなった店内に現れたのは、その昔、恩坐に邪悪や封印の情報を教え、弟の人生を狂わせてしまったと思っている長兄であった。
実家からはほとんど勘当にも近い扱いをされている恩坐であったが、長兄だけはいまだに何かと理由を付けて恩坐に会いに来ている。
「何だよ、説教なら聞かねぇぞ」
「俺はただ、ラーメンを食べに来ただけだ」
「……あいよ。お薦め、ワカメラーメン一丁っ」
過去にとある少女が好んだというラーメンで、それ以来幾ら使っても減らないワカメを使用したラーメンは、一回食べるとまたフラフラと食べに来てしまうと一部では噂になっている。
「どうぞ」
「……すみません」
お冷やとお茶を持ってきた若い女性に、長兄が不器用に礼を言うとその女性は子供のような笑顔で微笑んだ。
「ゆっくりしていってくださいね」
「……美紗ちゃん、悪いな」
「ううん、いいのよ。……あ、いらっしゃいませーっ」
こんな時間に入ってきた外国人の少女達に美紗が向かうと、恩坐と長兄の間に微妙な空気が漂い、美紗が接客する声をBGMに二人はポツリポツリと話し始める。
「……親父に詫びを入れる気にはならないか?」
「何を謝るって……? 俺は悪いことしてねぇぞ」
「あれはもう昔のことだろ」
「いらっしゃいませー。何にいたしましょうか?」
「こちらでリャーメンと言うものが有名だと聞いたのですが」
「違うよー。らーぺんだよ」
「えっと……ラーメン食べるの初めてですか?」
「昔のこと……。あいつを死なせておいて」
「……仕方なかったことだ。お前も分かってるだろ」
「分からねぇな。それで何か変わったって言うのかよ」
「お薦めはワカメラーメンですね。食べやすいですよ」
「私、それがいい」
「ええ、構いませんわ。わたくしもワカメの改造には興味があります」
「…………ワカメラーメン二つはいりまーすっ」
「ほいよっ!」
「恩坐、いつまでもこんな生活を……」
「人の仕事に口出しすんなっ。……へい、ワカメらーめんお待ちっ」
「この棒は何でしょう?」
「え? 箸を知りませんか?」
「もちろん、わたくしもハーシィ様は存じておりますわ」
「私は知ってるよー。これで編めばいいんだよね」
「封印のことを嗅ぎ回るのも止めろ。御山の連中がお前を監視しているぞ」
「……知ってるさ。ただ俺は何もしちゃいねぇぜ?」
「そんな言い訳が通じる相手でもないことは知っているだろ」
「なかなか良いワカメを使用していますね」
「うん。おいしいよ」
バキン。パリン。ボキン。ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ……
「………」
「………」
離れた席から聞こえてくる奇妙な会話や異音に、恩坐と長兄は途中で何を話しているのか分からなくなり、思わず無言になった。
「……とりあえず自重しろ。今あの巫女様が関東まで来ている。目を付けられないようにしろよ」
「……ああ。分かった」
最後にポツリと重要な情報を漏らして去って行った長兄の背中を見送り、軽く溜息を吐いて恩坐が振り返ると、そこには何も載っていないお盆を抱えた美紗が青い顔で立っていた。
「あれ? 美紗ちゃん、さっきのお客は?」
「えっと……全部食べて帰っていったよ。それと御代なんだけど……」
「なんでぇ、足りなかったのか?」
「えっとね……これ、貰って良いと思う?」
美紗が気まずそうに取り出したのは、精緻な細工が施され、見るからに本物と分かる単純に七桁の値段が付きそうな、ずっしりと重い一枚の大金貨だった。
***
「さてと」
どういう訳か、労せず一月分の売り上げが確保出来てしまったので酒でもかっ食らおうかとも考えたが、新婚の友人に働かせておいて遊んでいる場合では無いと思い出し、恩坐は夜の仕事へと出掛けていた。
夜のお仕事。もちろん“退魔業”である。
退魔とは言っても魔力の枯渇したこの世界では魔物も妖怪も自然には現れない。この世界の退魔師が行うのは除霊であり、その技を振るう相手は悪霊であった。
現在は土地の斡旋などをしている久遠家から仕事を貰っているが、お人好しの面目躍如と言ったところか、地主のお婆ちゃんから『穏便に』と言うお願いをされていた恩坐は、道路拡張で移動しなければならない古木の霊を宥める為、ほぼ毎日酒を持って日参していた。
マイナス評価ではないが、裏業界の仕事として“格好悪い”評価に不満を持っていた恩坐は、無精髭に少々時代にそぐわない革ジャンを着て、ワイルドっぽく見せているらしいが、その背中からはおっさん臭さが滲み出ている。
「これだけが目的じゃないが……」
古木の霊の説得も重要だが、それだけではない。
長兄が漏らした情報――あの柚子を殺した巫女が関東に来ている。おそらくは封印の術式が完了するまで関東に留まるはずだが、それまでに居場所の特定をしておきたい。
もちろん、まだ生きているとは信じていても、柚子を奪った仇を取りたい気持ちはあるが、いまだに協力してくれる友人達――久遠家や二句之家の御曹司やその家族に、あの巫女の毒牙が迫らないようにすることも重要だ。
何しろあの巫女――マツリは、いまだに久遠や二句之を諦めてはいないらしい。それどころかマツリは、極秘裏に恩坐にまで粉を掛けてきた過去もある。
「ふざけんなよ、あの色ぼけ女」
それでも裏業界の噂では、かなり好き放題しているらしく、【御山】の退魔僧達からも不満が出ているらしい。
今夜は情報屋の一人が巫女の情報を拾ったらしく、その情報屋と会う為に恩坐は古木から遠くない、とある寺院まで夜中にやってきたのだ。
「遅ぇな……」
金属のスキットルから酒を一口含んだ恩坐は、突然鋭い眼光を暗がりに向ける。
「おい、出てこい」
「へぇ……」
そんな小馬鹿にしたような男の声がすると、胸元をはだけた僧服を着崩したような、やたらと美形な若い男達が現れた。
「……なんだ、お前ら」
現れたのはビジュアル系バンドかアイドルグループのような、綺麗系、格好いい系、可愛い系、クール系と取り揃え、赤や青や黄色や白と信号機のような髪色をした十台後半から二十代の若者で、思わず呆れた声を出した恩坐は仕方ないだろう。
「君がマツリ様の周りを嗅ぎ回っている男だね」
「そいつは一度、マツリ様の誘いを断ったらしいぞ」
「こんなおっさんが? 冗談」
「いや、ヒゲを剃ってボク達のような格好をすれば、結構マシになりますよ」
最後の綺麗系の男にウインクされて、恩坐は悪酔いした気分になった。
「はぁ!? このハードボイルドなワイルドさが理解できない男は居ないだろっ」
「「「「………」」」」
互いに方向性が違いすぎるので理解し合えることはないだろう。そもそも一般人ならどちらも許容しがたい感はある。
それはともかく、彼らは巫女マツリの子飼いの部下――もしくはハーレムメンバーかも知れない。情報屋が裏切ったのか、拷問にでも掛けられたか、とりあえず彼らが恩坐を捕らえるか、始末をしに来たのだろう。
殺されるのはごめんだが、マツリの慰み者になるのは死んでも嫌だ。そういうわけで彼らを倒すしか恩坐に道はないのだが。
(……こいつら、憑かれてやがる)
彼らはあの存在――【神】に取り憑かれていた。
そうなるとまともな説得は不可能で、戦うにしても基礎能力はかなり底上げされているはず。
絶体絶命のピンチ。ついでに綺麗系の男から臀部に向けられる視線のせいで貞操に危機さえ感じた恩坐は、何かないかと辺りを見回すと。
「……(は?)」
遠くで黒と白がヒラヒラと揺れていた。
それがスカートだと分かり、ひらりと翻るスカートから白いストッキングの脚がチラリと見えて、思わず視線が吸い寄せられると、突然脳内に“声”が響いた。
『オンザ、イマスグ、ニゲロッ!!!』
「っ!」
霞が掛かったような頭が一瞬で覚醒する。
それはあの“古木の霊”の声だった。いつもの不機嫌そうで偉そうな口調と違い、本気で切羽詰まったような恩坐を心配する叫びに、恩坐はそれに気付いた。
音も無くこちらに向かってくる【道化師】のような仮面を付けた一人の少女。その硬質な仮面が、歪むような笑みに変わり黒い牙を剥き出す様子に、恩坐は一瞬で触れてはいけない存在だと理解して転がるように逃げ出した。
「え、なに?」
「あ、ピエロ?」
どこか頭に霞が掛かったような緊張感のない男達の声が聞こえ、それを振り返ることも出来ずに逃げていた恩坐は、その途中で子供のような嗤い声と、彼らの断末魔のような悲鳴を耳にした。
数分走っても安心出来ず、明け方になって汗だくでぶっ倒れ、ようやく安心した恩坐は、古木の霊に心の底から感謝しつつ大声で叫んだ。
「怖ぇええええええええええええええええええええええええええよっ!!!!!!」
***
「そろそろ主様を捜しませんか?」
「そだねー。らめーんじゃお腹いっぱいにならなかったけど、おやつが四つも落ちてて良かったね」
「らめーんではなくて、リーマンですよ」
「そっかぁ。じゃあ双子が来たら、リーマン食べるように言っておくね」
こうして若干働く大人達に危険な会話をしながらも悪魔達はこの世界を堪能し、結局見つけられずに、多方面に深刻なトラウマを植え付けながら、主に呼ばれるのを待つことになる。
これで地球編は終わりです。
次回は第三部前に、途中の世界での小話が入ります。





