閑話 星渡りの船 後編
本日二話目。こちらは後編になります。かなり真面目。
5/29 ラスト部分を変更しました。
「ゆ、ユルちゃん、どうしたの? 顔が怖いよ?」
「……大丈夫よ。ごめんね」
この船って、ただの移民船じゃない。侵略者だ。
これまでの話を要約すると、セブラ達の母星では“本物の人間”が1291人しか残らず、その遺伝子データでクローンを造り文明を維持してきた。
クローンは受精卵から造られるほとんど人間と変わらない受精体クローンと、ただの労働力としてのコピークローンがいる。
それだけならいいけど、彼らが外の宇宙にまで移民を始めたのは、多くなった人類の移民ではなく、自分達の遺伝子情報を増やす為の“遺伝子牧場”を造る為だった。
そしてこの船は次の目的地に希望する惑星を見つけた。
この辺りにある地球型の【世界】は、お父様とお母様の居るアトラしかない。
アトラの人達だって無能じゃない。勇者だっている。……でも、この船の科学力なら征服するのに数日も掛からないでしょう。
そうなったらアトラの人達は生命核を抜き取られるだけの家畜となる。
そして一番の問題は……この船の人達。セブラでさえもそれを悪いことだと思っていないこと。
……それを私が批難するのもおかしな話だけどね。
私は山で猟をして肉を食べる。セブラ達は家畜を飼って利用する。そのどちらが酷いことなんだろ?
でも……私の答えは決まっている。
「ねぇ、セブラ。その惑星の情報ってもう母星に伝えているの?」
「え? ……ああ、まだだと思いますよ。今伝えて他の移民船が押し寄せてきたら大変なことになりますし、まだ確実じゃありませんから。まあ、他の移民船はほとんど銀河の逆側だと思いますけど」
「ふ~ん……良かった。安心したわ」
「………ユル…ちゃん?」
私がニコリと微笑むと、セブラの顔色が怯えたように青くなった。
「あの世界は、私のモノよ」
私が気配を解放するのと、セブラや他の住民達から表情が消えるのは同時だった。
「捕獲して生命核を採取せよっ!!」
感情のないセブラの声に、警備隊や住民が私に向けて襲いかかってくる。やっぱり私の遺伝子も狙っていたみたい。
意識があるのなら人間なんて【威圧】で片が付くけど、さてどうしようかと考えていると、私の目前まで迫っていたコピークローンの警備兵達が突然粉々に吹き飛んだ。
「リンネっ!」
「ユールシア、無事か?」
そりゃ無事ですけどねっ。目の前で粉々にしないでよ。
「リンネ、この船を落とすわ。リンネは通信施設を最優先で破壊して欲しいんだけど、……通信施設って分かる?」
我ながら凄く無茶を言っている気がする。でもリンネは人型になった形の良い眉を微かに顰めると、何か皮に書いた見取り図のような物を見せた。
「ここ数日、船内を調べていたが、ここら辺で念話が阻害されるような感覚があった。この辺りか……?」
「リンネ凄いっ!」
つまみ食いじゃなかったのねっ! 正解かどうか分かんないけど、最悪外からアンテナっぽい物を全部壊して貰いましょう。まぁそれはともかく……
「これ、何の皮……?」
「……俗に言う、二本脚羊という奴だな」
そんな隠語聞きたくなかったわ。
『侵入者を排除せよ。侵入者を排除せよ』
リンネが人型で現れたことで私を捕らえることから私達の排除に切り替わった。
「てい」
「う…」
鳴り響くサイレンの中襲ってくるセブラをデコピンで昏倒させ、私はリンネと別れてある場所を目指すことにした。
「ごめんね、セブラ」
私が目指すのはこの船のメインシステム。生体コンピューター……おそらくは遺伝子の元になった1291人の一人、【マザー】だ。
「…『輝聖槍』…っ!」
立ち塞がる警備隊や警備ロボットを輝聖槍でなぎ倒して進む。
……対悪魔用の【輝聖シリーズ】も対神用の【黒シリーズ】も効果が薄いわ。今更になって物理戦がめっちゃ苦手だと気付く。
いやいや、その為の従者達なんだけど、ここで召喚したら来るかしら……? 何故か滅茶苦茶になりそうな予感がするので止めとこう。
遠くから爆発音も聞こえる。……リンネは自重していないようです。
一般人を巻き込むのは趣味じゃないんですけど、このコピークローン達って、人に分類していいのかな? 受精体クローンと違って意志も感じないし、魂もほとんど感じないんですけど……。
「ていっ」
ガガンッ! と派手な音を立ててぶ厚い区画壁が向こう側に倒れる。
「『輝聖盾』」
人間はいなくなり、レーザータレットから雨あられと降り注ぐ弾幕を輝聖盾で防ぎながら進んでいく。
ここら辺はリンネの適当な見取り図にも描いていなかった、彼が入り込めなかったエリアだ。エンジンか制御室かの二択だったけど、どうやら正解みたいです。
『ここは進入禁止エリアです。ここは進入禁止エリアです』
「知ってるよ」
最後の隔壁を破壊すると、……野球場のような場所に出た。
別に間違ってはいない。あくまでイメージとしての野球場だけど、その中央にそびえ立つのは数十メートルの巨大なクリスタルの塔。すり鉢状に並ぶ観客席にあったのは堅い椅子ではなく、数万にも及ぶ水槽に収められた“脳”だった。
「あなたが【マザー】……?」
『……あなたは何者ですか?』
私が尋ねると、感情のない警告音ではなく、わずかに感情の交ざった声が聞こえた。
「私はあなたに、惑星を侵略するのを止めて欲しいの」
『……侵略? 何のことでしょう』
「遺伝子を取る為に、先住民を家畜化すると聞いたけど?」
『肯定。家畜を有効利用することが悪いことでしょうか?』
「……同じ人間を家畜化して良いと?」
『否定。ですが、我らが母星の人間以外を“人間”とは法で認めておりません』
「あなたと会話している私も……?」
『肯定。あなたは人間に分類されません。故にいかなる法的保護もありません』
「……コピークローンは?」
『あれも人間には分類されません。あれらの意思は1291人のコピー素体に統括されます。同じ人間は同時に存在出来ません』
「……なるほど」
ようやく少し理解できました。同じ人間は同時に存在出来ない。要するに彼らのコピー技術では、コピーは素体の身体の一部にしかならず、意思は発生しない。
切られた髪の毛に魂がないように、コピーにも魂の残滓しか存在しない。それでも人と思いたいところだけど、一人の人間に魂は一つ。脳が幾つあっても意思は一つしか存在出来ない、群体のような状態なのでしょう。
だからコピーは人ではない。同じく法で護られない原住民も人ではない。だから好き放題しても良いと言う謎理論。
「じゃあ、これは殺人ではないわね」
私が腕を一振りすると、硝子ケースに収められていた脳が数百個吹き飛んだ。
『何をするのですかっ!?』
「船を動かすだけならこんなに脳は必要ないでしょ?」
私がさらに輝聖弓を使って脳を破壊していくと、【マザー】から焦ったような怒りの声が響いた。
『止めなさいっ! これだけの脳をコピーするのに何百年掛かったと思うのですかっ。脳一つで100人程度しか操作出来ないのです。止めなさいっ!』
「……これで住民を操っていたのね」
人が持つ不安をどうやって解消しているのかと思ったら、【マザー】が全員の精神を管理していた。
お薬も脳内麻薬も無しに幸せを感じられるのならある意味理想的だとは思うけど……この船の人こそ家畜ね。
「……神様にでもなったつもり?」
『……カ…ミ……。そう、神です。私こそ、全ての人間を導く本当の神となるのです』
その瞬間、残っていた脳が一斉に光り出した。
言語による明確化。この瞬間、言霊によって全ての脳の処理能力が統合されて、新しい【神】が生まれた。
なら……
「悪魔の敵ね」
白眼部分が黒に侵食され、瞳が真紅に輝く。顕現された悪魔の瞳は、聳え立つクリスタルの塔――その中央に、【マザー】の魂が宿る脳を見つけ出した。
「『輝聖槍』っ!」
『止めなさいっ、……止めてっ!!!』
最後の叫びを残して、輝聖槍に貫かれた脳がクリスタルの塔ごと粉砕された。
砕かれたクリスタルが粉雪のように舞う中、私は念の為に辺りを見回して【マザー】の意思が転移してないか確認した後、残った脳を全て破壊する。
「……ユルちゃん」
全てを壊し終えた時、入り口として壊した隔壁から私を呼ぶ声が聞こえた。
「……セブラ」
私が名を呼ぶとセブラは辺りを見回し、複雑な顔をした。
「……もうこの船は終わりね。サブシステムで維持は出来ても、次元航行はマザーの演算無しでは出来ないから」
「それでもあなた達は生きているわ」
「そうね……」
顔を伏せるセブラに、私はそれ以上何も言わずに彼女の横を通り抜ける。
*
「……っ!」
その瞬間、俯いていたセブラが、通り過ぎて背を向けていたユールシアの背に向けて刃物のような物を振りかざした。
その瞳に宿る狂気の色……。
ユールシアは【人間】の属性を持つ為に他の悪魔と比べて“自由”ではあるが、悪魔化していない場合は人間の“脆弱”さも併せ持つことになる。
たとえ調理に使うようなちっぽけな刃物でも、油断をしている状況なら容易く致命傷となるだろう。
「っ!?」
その時セブラは身体が後ろに引かれるような感覚を得た。
ユールシアの背中が遠くなる――だが実際は、セブラは身体だけをその場に残して、精神体だけが肉体より引き剥がされていた。
『これが“神化”した魂か。おぞましいな』
声に出さず、口の形だけで話す褐色の青年に、セブラ――【マザー】の精神体は驚きに顔を歪めた。
それが最初の姿だったのだろうか、何百歳かも知れない老婆の姿をした精神体は、あっさり自分を身体から引き抜かれ、騒ぎだそうとした瞬間、【魔獣】の威圧によって言動を封殺される。
『叫くな……。お前の戯れ言に興味は無い』
セブラは【マザー】と同じ遺伝子情報を持つ、あの沢山の脳と同じ分体の一つだ。
多少の意志は持たせてあるが、【マザー】である彼女なら容易くその意思を奪い、身体を操ることが出来る。
本体と全ての分体を無くした【マザー】は、消滅する寸前、魂と精神体をセブラに移していた。全ての脳を無くした為に神にも等しい演算機能は失われたが、再び脳を増やすことで復活は可能だったであろう。
……だが、機械と繋がれていた脳ではなく、身体を得てしまったことで感情が憎悪に支配され、ユールシアを襲ってしまった。
(私は……私は、人間を導く本当の神に……ッ!!!)
『消えろ』
唇だけでそう呟いたリンネが精神体を握り潰すと、【マザー】の意思は今度こそ消滅し、魂は粉々に砕かれた。
「……リンネ?」
さすがにそれには気付いたのか、ユールシアが少しだけ驚いた顔で振り返る。
「お帰り」
「ただいま」
気安い言葉を交わし、リンネの手の中にある“神化”した魂の残骸を見て、ユールシアは少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「セブラはどうなるかな……」
「最低限の魂しか残っていない。それでも生きている」
「……そうね」
意識を取り戻したセブラは、記憶でも失ったのか、子供のような顔で【マザー】があった場所を呆然と見つめていた。
「帰ろ」
「ああ」
神化した魂の残骸を二人で分け合い、これまでの戦闘で失った魔力を回復させた。
ユールシアが次元の扉を開くと、四人の従者、ウサギとクマのヌイグルミがその場で跪いて二人を待っていた。
「さあ、帰りましょう。懐かしの故郷……聖王国に」
「「「「はっ」」」」
そうしてユールシア達は二年間の旅を経て、ようやく聖王国へと帰還した。
……燃えさかる炎に包まれた聖王国に。
これにて閑話は終了です。次回より第三部・第一章が始まります。6月中に開始予定でございます。
このラストは本来なら第二部四章ラストに付けるはずでしたが、修正するので間が空く為に、思わせぶりなラストは回避した感じです。
皆様、ここまで読了ありがとうございました。では次回で。





