4-01 勇者になりました ①
……また主人公不在
「……さて、どうするか」
リンネは悩んでいた。高位悪魔である【魔獣】だが、魔獣であるが故に彼にとっての契約とは『早い』『高い』『美味い』でしかなく、召喚主を喰い殺して暴れてただ壊すだけで済んでいた。
そもそも魔獣を呼び出すような輩は“破壊”を望んでいる者ばかりだったので、今までそれで問題がなかったのだ。
だが今回はいつもと違う。破壊ではなく護り。契約者であるあの双子の少女達から危険を取り除くことが重要なのだ。
悪魔の契約は、契約して事を為せばそれで終わる訳ではない。
羊皮紙上の契約ではなく、心と心、魂と魂の契約は、様々な要因によって成果が変わってくる。
あの【悪魔公】ヒライネスもポーカーゲームの駆け引きを愉しむように、契約中のギアスに細かく干渉して最大限の譲歩を引き出そうとしていた。
ただ、やり過ぎた為にあの【魔神】の関心を惹いてしまい、『契約』を丸ごと奪われたあげくに滅ぼされている。
そしてその魔神――ユールシアは、人間の知性と感性を持つ為か、人間の属性を持ったせいか、魔界にいた頃より格段に悪魔“らしく”振る舞えるようになっていた。
あの頃と今と何が違うのか?
ユールシアと自分……悪魔として何が違うのか?
「………そろそろ、人化も試みてみるか」
***
「やっちゃったね、リミィ…」
「やっちゃったね、ネフィ…」
兄達を処分して、ダークエルフの居城にある自室に戻ってきた双子は、互いに顔を見合わせ、その幼さにそぐわない溜息を吐いた。
二人が【魔の神】とも言える高位存在と契約し、その神の先兵とも言える二体の悪魔を遣わされた時から、二人の周囲は変わってしまった。
『ガウ』
『……(じたばた)』
双子がヌイグルミのように抱っこしている……実際に見た目はヌイグルミにしか見えないそのクマとウサギのヌイグルミは、何やら会話らしい事をしているのだが、まったく意味不明だ。
二体の手には小さな果実のような光る玉が握られていて、それをちびちび囓っているのだけど、その様子は大変可愛らしいが、その光る玉が騎士の魂だと知っていると心穏やかではいられない。
兄達や、獣人の王族の魂は、すでに【原初の秘術】と共に【魔の神】に献上されている。確かに双子達は自分達の窮地を救ってくれと頼み、その為には兄や姉達が邪魔なのも分かっているけれど、彼女達が真に求めた“平穏”とは掛け離れていた。
「ご飯にしようか……」
「うん……」
ヌイグルミ達のおかげで食事もまともに出来るようになった。
相変わらず双子の食事には毒が仕込まれているが、毒の部分はクマが率先して食べてくれるので、双子は安心して食べられる。
それでもどうしても量は減ってしまうが、そこはウサギがなんとかしてくれた。
偶にふらりと居なくなると、ウサギはどこからかお肉を調達してくる。まるで勇者が使うような【亜空間収納】を普通に使っているのにも驚き、そこから取り出した正体不明の“お肉”の大きさにも驚いた。
巨大な大空洞の中を、小ぶりのドラゴンが飛んでいる光景が偶に見られるのだが、その尻尾が短くなっているのは気にしない事にする。
そのお肉をウサギとクマが、意外なほど器用に“七輪”で網焼きにしてくれるものが、最近のメインディッシュだ。
それに、何故か見た事もない海産物の干物がおやつとして渡された時もあった。
双子が眠っている時、偶にウサギとクマが誰かと話していることがある。
ふとした時に目を覚ましたリミィがネフィをそっと起こして様子を窺うと、闇の中に15才ほどの人族らしい少年の姿が見えた。
暗がりでも分かる上質な執事服。エルフ族でも見かけないような端整な顔立ち。
まるで絵本で読んだ人族の“王子さま”のようだと、一瞬胸をときめかせた双子だったが、次の瞬間に少年が浮かべた“悪魔のような笑み”に、双子は静かにベッドの中に戻って、二度と夜中には起きないと怯えながら誓った。
その“少年”が居るような“気配”があった次の朝は、“何か”が違っていた。
まるで睡眠学習でもされたように、知らなかったはずの知識が頭の中にある。その知識のおかげで、身を守る為の勇者の秘術も手に入れられた。
それまで双子から離れていた侍女や世話係が、怯えた顔をしながらも、最低限ではあるがまたお世話をしてくれるようにもなった。
「なんか怖いね……」
「そうだね……」
自分の知らないところで“何か”が進行している恐怖。
そして、それを和らげてくれたのもヌイグルミ達であった。
クマのヌイグルミは、双子達に侮蔑の表情を向けてくる貴族などを一瞬で消滅させて血塗れの口元をモゴモゴさせている時もあるけれど、幼い子供には非常に優しく、可愛らしい外見にそぐわない、まるで“お爺ちゃん”のように接してくれる時もある。
ウサギのヌイグルミは普段はあまり動かないが、双子達に危険が迫ると、まるで一般的な妹を護る兄の如く、怒ったように敵を蹴散らして護ってくれる。
そんな恐ろしくも頼もしいヌイグルミ達が、二人で晩酌をしている様子を見た時は、呆れるよりも笑ってしまった。
双子の少女達は思う。
「「このまま平穏に暮らせたらいいのに……」」
あの金色の【魔神】に関わって、そんな希望は存在しない。
***
「忌々しい子ね……」
ダークエルフの第一王女・ネフルティアはほぞを噛む思いがした。
文官の一人がどこからか手に入れてきた伝承に基づき、兄達をそそのかして幼い妹たちを生け贄にさせて、その王族殺しの罪で兄達を排除する予定だったのだが、兄達は行方知れずとなり、あの双子だけがいつの間にか戻っていた。
何が起きたのかさっぱり分からない。
当事者であるあの双子に聞こうにも、あの幼さでは見ていても何が起きたかを説明するのは難しいだろう。
ネフルティアは双子の存在を潜在的な脅威と考えていながらも、彼女達の知性が五歳児を遙かに超えているなど考えてもいなかった。
「あなたは、どう思いますか?」
「はっ、私など、殿下のお考えには遠く及ばず…」
「いいから、言いなさい」
ネフルティアの側に控えていた女騎士は、少し悩むように視線を逸らし、静かに主人である第一王女に視線を戻した。
「……もしかすると、立場の高くない者達の中に、お二方を擁護する者が居るのかと」
「ふむ……」
慎重に頷きながらも、ネフルティアは女騎士の言葉に心の中で溜息を吐く。
乳母の娘で幼い頃から面識のある乳兄弟であり、見た目がエロくて自分好みであったから、多少頭が悪くても騎士として使っていたが、彼女の言葉はネフルティアも最初に思い付いた事で、目新しい事は何も無かった。
「あっ、それと最近になって、侍女達がお二人の側にいるのを見かけますっ」
「……そうなの?」
双子の世話係は、ネフルティアや他の兄弟達の不興を恐れて離れていたはずだ。
何か心変わりがあったのか?
問いただしてみたい気持ちはあるが、ネフルティアの不興を恐れずに戻ったのなら、拷問でもしない限り口を開きはしないだろう。
拷問する事は何も思わないが、もし本当に双子を擁護する協力者が居た場合、ネフルティアが率先して双子を排除しようとした事実が、そこから相手側にバレてしまう恐れがあった。
それはネフルティアが双子と敵対するという事実を認めた事にもなる。
「……そこまでやるのなら、いっそのこと“第二案”も実行するべきね」
「……は、はい」
ネフルティアの暗い笑みに女騎士は怯えたように身を縮める。
「軍部に行きます。通達をしなさい」
「はっ」
ネフルティアの考えていた第二案。
兄達があの双子を生け贄にして殺害した後に、それを罪に問えなかった場合、軍の一部の過激派をそそのかして、兄達を旗頭にさせて光の勢力側に侵攻させて勇者との相打ちを目論んでいたのだ。
勇者達の力は知っている。
14年前、当時の風の勇者が突然裏切らなければ、ダークエルフの王は討たれて、闇の勢力は大打撃を受けていたはずだった。
その力ある勇者と、一人でも相打ちに持ち込めれば、後がずっと楽になる。
兄達が勇者を打ち破って凱旋する可能性も無くはないが、計画が実行されれば、兄達は生きて戻る事はなかったであろう。
所詮、王族は進軍する為の“お飾り”でしかない。
ならば……
「あの双子だって構わないってこと……」
男性陣は、女性陣とは別に暗躍しています。そろそろアニマルズ達も人化する季節です。
次回からは、ユルパートに戻ります。





