3-06 聖女様達の華麗な日常 ③
恋の嵐は唐突に吹き荒れる。
「わ、我々があなたの旅の護衛をさせていただきますっ」
ファニーが大陸の中央に近い小国へ調査に向かうことになったのだが、その距離は約1700キロ離れていた。
現代の地球なら一日で到達出来る距離であるが、ヨーロッパなら国を二つほど跨ぐ程の距離であり、通常の馬車なら一ヶ月。脚の速い軍の馬車を使っても片道二週間以上掛かる計算になる。
そんな遠い場所にメイドの少女一人を旅立たせる訳にはいかないと、セイル国はそんな名目で監視の騎士を付けた。
何しろその少女は、召喚されてすぐに勇者の攻撃を防ぎきった、あの【聖女】お付きの従者である。彼女自身も特殊な魔導を身に付けているかも知れないので、それを確認する意味もあったが、それよりも彼女が危険な目にあって、【聖女】がこの国から出る口実を作りたくなかったからだ。
そう言う訳でファニーの旅立ちに兵士5名と騎士3名が付き、馬車二台と軍馬三頭での大所帯となったが、何しろファニーの主であるユールシアは、学校に通うだけでも馬に乗った護衛騎士が15名に従者4名が付き、四頭引きの馬車で移動していたのだからファニーからは何の感想も出なかった。
そんな事はどうでもいいが、その騎士達は貴族の若い子息でまだ15~17歳の少年騎士であり、箔を付けるために抜擢された護衛だった。
実際には兵士達の中に腕の立つ間諜が3名紛れており、何かあった際には彼らが動くことになるのだが、問題は形式上上司に当たる少年騎士達が、ファニーの愛らしい容姿に浮き足立ってしまったことだった。
「うん、よろしく~」
肩まで掛かる柔らかそうな銀髪がさらりと流れる。
きめ細やかな白い肌。微かに濡れた桜色の唇。透けるように輝く睫毛から覗く宝石のような碧い瞳……。
人間の歪みを排除した悪魔の美しさを宿したモノ。
主であるユールシアは、完璧すぎるために恐れ多く誰も近づけずにいたが、その横でいつも可愛らしい笑顔を浮かべていたファニーは、事情を知らない若い騎士達の話題にもなっていた。
ファニーはまだ12歳だが、彼らの名誉のために言っておくと、彼女がそう言う目で見られるのはそれほどおかしな事でない。
この世界では貴族の子女は13歳から社交界に出て、その時点で結婚相手として認知される。男の場合の結婚適齢期は適当だが、貴族の女性の場合は結婚出来る15歳から二十歳までに結婚することを望まれているので、13歳以下で婚約もあり得るのだ。
特にファニー達悪魔の場合、顔立ちが整っているせいで中学生程度に見られるために彼らからすれば十二分に“範囲内”だった。
そんな感じでセイル国から出発することになったのだが、また問題が起こった。
貴族が乗るような柔らかなシートの馬車で移動し、途中の宿の手配も、食事の用意も全部やってくれるのだから楽で良さそうなのだが、
(ひま~~)
やることが無くてファニーはとても暇だった。
そもそもファニーが単独なら半日で辿り着ける距離なのである。
鬱憤晴らしに途中に現れた山賊苛めをしたくても、騎士達がやけに張り切っているので出番もない。そもそも主からはアトラにいた頃のように、出来るだけ悪魔の能力は隠すように言われていた。
そして……
「ファニーさん、お花を摘んできました。あなたに差し上げたくて…」
「ありがと~」
一番年下の、子爵の子息である金髪の少年騎士フリーデルが、はにかんだ笑顔で花を渡し、ファニーはそんな暇があるのなら急げよと思いながらも、笑顔で受け取った。
このフリーデルが何かにつけて側に居るので、行動を制限されたファニーのストレスが溜まってくる。
「……事故なら仕方ないかなぁ」
「ファニーさん、何か言いました?」
「ううん」
ファニーがストレスからやばい発想が出始めた五日目。とある小国の山道でゾンビの群れを見かけた。
群れと言ってもわずか四体だったが、迷宮でも墓場でもない山道でこれだけの数が居るのは珍しい。この世界にはアトラには居なかった“冒険者”が居るのでそのパーティの成れの果てかとも思われたが、服装や年齢がバラバラで一貫性がなかった。
「ファニーさん、下がって下さいっ」
「全員、臆するなっ」
「各自抜剣っ!」
騎士達が盾を構えて片手剣を抜き放ち、兵士達が槍を構えてゾンビに向ける。
映画などのゾンビは全力疾走したり人間より力が有ったりするが、死体に低級霊が憑依して動いているだけなので、腐った筋肉は動きが遅く、大した脅威ではない。
そんな初心者冒険者でも倒せるゾンビだから、戦闘訓練を受けた騎士や兵士に敵うはずもないのだが、騎士達はファニーの目を気にして妙に張り切っていた。
「わたしもやる~」
ファニーとしてはそろそろ限界に来ていたし、そもそもこれは主から命じられた仕事なので、それを譲るつもりもない。
まるで街のお店で買い物をするような緊迫感の無さに、一瞬騎士達の動きが遅れる。
「えっ!? ファニーさん危ないっ」
ファニーの悪魔としての能力は“悪夢”を見せることなので、死体にはほとんど効果がないが、そんなものは【大悪魔】にとっては、大した問題ではない。
「えい」
ファニーが拾った木の枝でゾンビの額を叩くと、まるで糸が切れた操り人形のようにゾンビが倒れ込んだ。
ファニーがしたのは単純に悪魔の“障気”を流し込んだだけだ。
ゾンビ自体が微量の障気をエネルギー源にして動いているが、水をやりすぎれば植物も腐るように、悪魔の濃密な障気はゾンビの筋肉を一瞬で活動不能なほど腐らせた。
瞬く間に四体全てを倒すと、唖然としていた騎士達が声を漏らす。
「……ぉお、これが聖女様に仕える者の【聖】なる力か」
まったく違うが、端から見るとそう見えなくもない。
「それじゃ、コレの解体はお願い」
「……え」
尊敬するように見ていた騎士達の目が、死体を見てどんよりと沈む。
誰も腐った死体の解体などやりたくはないが、それを女の子であるファニーにやらせる訳にもいかず、騎士達は兵士と協力して解体を始めた。
ちなみにファニーは死体を素手で解体するのも気にはしないのだが、棒で叩いたのと同じく単に汚れるのが嫌だっただけだ。
「……あ、ファニーさん、何か出てきました」
「見せて~」
ファニーがその声に覗き込んでみると、心臓の辺りにボロボロの宝石のような物があった。
「魔石とは違うようですね……」
「そうだねぇ」
魔石とは魔力を浴びて変質した【魔物】の体内に生成される、魔力が血液と凝固した結石や胆石のような物で、大抵は黒い石炭のような色合いをしている。
もちろん、血液の無いゴーレムやスケルトンのような魔物もいるが、そちらは鉱石や骨粉と凝固した魔石となるので、色以外に大して違いはない。
アトラではあまり魔物が出ないので魔石自体一般的ではなかったが、こちらの世界では【魔道具】を使う時の電池のように使われ、冒険者が魔物を退治した時の証にもなるらしい。
だが、死体から抉り出されたその宝石は地面に転がると、手を伸ばすより先に、突然風化したように崩れて砂になる。
「………」
ファニーはそれを指で摘むと、ハンカチを広げて少しだけ回収した。
「な、何か分かったんですか?」
「魔力があったよ~」
ファニーはフリーデルの問いに、簡単に事実だけを口にする。
考察するのならこのゾンビは自然発生とは思えなかった。特殊な魔力が感じられて、その宝石は後から埋められたのではなく、その魔力のせいで魔石のように内部で生成されたように感じられた。
「あの……それはどういう事で? やはり魔石の一種なのですか?」
「それを調べるのはユールシア様に見せてからだね」
その宝石のせいでゾンビになったのか、単純な副産物なのかそれが分からない。副産物としても空気に触れただけでも崩れるのなら、宝石としても魔石としても使いようがない。
だがファニーはこの宝石の存在に好奇心が刺激された。
砂になった宝石からでもノアなら分析はして貰えるだろうが、形を保った宝石を見つけることが出来たらお土産にもなるし、ユールシアに褒めて貰えるかも知れない。
「数を倒せば出るかな?」
「……何がですか?」
独り言だったがフリーデルに話しかけられて、ファニーはにこやかに振り返る。
「私、先に行くね」
「………え?」
一言そう言うと、ファニーは軽い足取りで街道をスキップするように走り出した。
「……お、おいっ」
「追いかけろっ!」
「誰か馬車を……いや、まず馬をっ」
慌てて愛馬に駆け寄り騎士達が追いかけたが、速さなど出るはずもないような走り方なのに、どうやってもファニーに追いつけず、いつの間にかその小さなメイド姿は騎士達の視界から消え去り、こうして若い騎士達の初任務は失敗に終わった。
「ファニーさん……僕は諦めませんよっ」
*
黒いロングドレスに白いエプロンドレスのメイド少女が、空間を歪めながら1000キロ近い道のりを数時間で駆け抜ける。
空間転移が得意なファニーだが、知らない場所に長距離転移するのは危険なので、知らない場所には自分の脚で移動するしかない。
「えっと……ここら辺かな」
調べた情報によると、ゲンブルで起こった『ゾンビ大量発生』は徐々に南下しているらしいので、ゲンブルの南でセイルの西にある小国の一つ、キリシアール国から北に上がれば遭遇出来ると考えていた。
途中で見かけた標識によると、ファニーはすでにキリシアール国に入っている。
この国は以前は四大国に勝るとも劣らない大国だったが、勇者が現れなかったことで内部分裂が起きて国家も幾つかに分かれてしまった。
キリシアールという名前もその名残で、セイル国は過去の勇者から『青龍』と名付けられたのが訛ったものだが、キリシアールは『麒麟』が訛ったものらしい。
「あれはお城かな?」
もうすっかり夜になってしまったが、ファニーの目には数キロ先にお城のような影が見えていた。
それならばここら辺がキリシアールの中心だと思ったファニーは、時速数百キロの速度から物理法則を無視して、直角に進行方向を北に変えた。
今の速度なら明日の昼にはゲンブルまで辿り着ける。
そこまで行かなくても途中でゾンビの集団でも見つけることが出来れば、明日の朝にはユールシアの元に帰れるだろう。
「……あれ?」
進路を変えて数秒もしないうちに数体のゾンビを見つけた。
ファニーはそのまま速度を落とさず、すれ違いざまにゾンビから心臓を抉り取る。
「……ハズレだ」
今度は汚れるのも気にせず抜き取った心臓を解体すると、確かに宝石が埋まっていたが、空気に触れるとボロボロと崩れ去ってしまった。
一応、この地域までこの“宝石ゾンビ(仮)”が発生していることは分かったが、まだ“大量発生”とまでは至っていないようだ。
「う~ん……」
一度足を止めると、もう一度走り出すのが面倒になってしまった。それでもユールシアにお土産を持っていきたいと考えたファニーは、
「……私が作ればいいのか」
そんな、本末転倒な考えに至ってしまう。
先ほどのゾンビで、宝石の魔力波長は大体覚えた。後は少しずつ波長を変えながら、悪魔の膨大な魔力で、ゾンビが生まれるように“実験”すればいい。
そしてファニーは、すぐ近くに大きな共同墓地を見つける。
その結果……
「………成功かな?」
キリシアール国王都に近い墓地で、百体以上のゾンビが発生した。少々、範囲を広げすぎたようで、森の中からも魔物がゾンビになった気配すら感じる。
ファニーとしても一発で上手くいくとは思っていなかった。
墓地のまだ比較的新しい死体を使って、一体ずつ色々なパターンを試してみようと思っていたら、いきなり成功しただけでなく、魔力範囲を間違えて大量のゾンビが出来てしまった。
これならこの魔力パターンの報告をするだけでも、最初の調査として上出来だろう。その後のことは主様の考えることで自分が決めていいものではない。
そして、ゾンビを始末して帰ろうとしたファニーは、離れた場所で何者かがゾンビと戦っている気配を感じた。
この国の冒険者か、単に巻き込まれたのかは分からないが、それなりに手練れのようでこのままではゾンビを調べられてしまう恐れがある。
「やばいかも……」
もしファニーやノア並に解析技術を持った人間が居れば、ファニーがここのゾンビ発生の犯人だとバレてしまうかも知れない。
そうなるとユールシアに怒られる。怒られるのは怖い。
「………」
ファニーの素顔が陶器のように硬質化して、道化師の仮面に変わる。
膨大な魔力が溢れて障気に変わり、近くのゾンビ達が一瞬で塵となった。
そして、異世界【テス】に初めて、依り代を得た異世界の【大悪魔】の脅威が吹き荒れた。
*
「ファニー早かったねぇ、偉いよ~」
「えへへぇ」
ゾンビを生み出していた魔力原因を調べたファニーに、ユールシアが頭を撫でて褒めてあげる。
あの後、全てのゾンビを始末したファニーは、残った宝石を回収してユールシアの元に帰った。
それが何故か分からないがファニーが作り出したゾンビから取れる宝石は、空気に触れても原形を保っており、ちょうど良いお土産となった。
その後……キリシアールで発生した『ゾンビ大量発生事件』は一日で終息し、ファニーが作り出した事実は隠すことは出来たが、その時、生き残りの冒険者から、何故か国家の危機に【聖女】の使者が颯爽と現れ、ゾンビを駆逐したと言う事実だけが広がり、ユールシアの名声が上がることになった。
リンネ達の話まで辿り着きませんでした……
次回は、リンネ達の話です。





