3-05 聖女様達の華麗な日常 ②
その年、東方の大国セイルより【聖女】の召喚に成功したと発表があった。
聖女に関する情報はほとんど開示されなかったが、関係者筋から意図的に漏らされたと思われる情報から、聖女は普段召喚されている【地球】からではなく、数百年ぶりに違う異世界から召喚された強い魔力を持つ者らしいと分かった。
意図的に漏らされた理由は、セイル国は聖女の情報をプライバシーに関する情報として他国から隠しているので、セイル国に有利になる情報のみを他国から質問されることなく流したかったからだ。
数十年前に異世界人の一人が開発した【情報共有魔術】――現代の簡易インターネットのような物を使い、【聖女】の限定的な情報が人間社会に瞬く間にもたらされた。
他の異世界よりの召喚……しかも一度に多人数の召喚によって、セイル国は他の三大国よりわずかに優位性を得て、彼女が何かを為しえたならば発言力も増すだろう。
各国は、【聖女】の情報は元より、彼女が来た【異世界アトラ】の魔導技術の情報を求めて動き始める。
各国の間諜が極秘にセイル国周辺に集まり、彼女とその関係者達に接触するために暗躍し、わずかに得られた情報から彼女は【黄金の聖女】と呼ばれることになる。
その聖女様であるが、城の中にある図書館で大陸の国家と、この世界の魔術を調べていた。中でも興味を持っていたのは【勇者】に関することで、何処からか情報を得ていたのか勇者に特殊な魔法があると分かっているかのように捜していたが、水の勇者からまだ彼女に開示するなと通達されており、情報を知る城の者は【聖女】から遠ざけられていた。
*
「ユールシア様、どうやら情報は隠されているようですね」
「あ、やっぱり?」
この異世界【テス】に来て数週間が経ちました。
何故か城のお偉いさん達が私達に近づいてこないし、城のある一定のエリアから出る許可が貰えないので、やることと言えば図書館で調べ物をするくらいしかない。
そこで執事悪魔のノアを中心にして従者達に図書館を調べて貰っています。
例外的に護衛騎士のニアは、あの四人に簡単な“人間”の魔術と、戦闘訓練を行ってます。この世界とアトラの魔術は似ているけど若干違うから、ちらほらと魔術師っぽい人達も見学に来ていて良い目眩ましになっているんですよ。……まぁ、あの子が調べ物に向かないのもあるんだけど。
私? 私も向かないからお茶飲んでます。テーブルの上でグテッとしているリンネも同様です。肉球じゃ本読むの辛いしね。
そんな私達の前に数冊の本を並べて、ノアは説明を始める。
「ユールシア様が感じられました通り、この大陸の四つの大国は聖王国と同規模のようです。ただアトラと違うのは、その他にも領土がそれほど広くない小国家が三十ほどあることでしょうか」
「エルフやドワーフの国もある?」
「その中にも含まれますが、遙か西の大森林と呼ばれる地帯にも、エルフやドワーフを含めた幾つかの亜人系の少数種族が集落を作っているようです」
「ふぅ~ん」
アトラだと人間、エルフ、ドワーフ、獣人、魔族程度しか居なかったけど、こちらはさらに多くの“種族”がいるみたい。
それと……誘惑に負けて、この【テス】での『エルフ』の固有発音を調べてみましたら『スカシ』だった。……なんで、日本語っぽいんだこの野郎。どこかで日本から時を越えて来た転生者が命名に関わってるだろ。
「主様、やはり現代の勇者は、大国の四つに一人ずつのようです」
何処からかお菓子の盛り合わせを持ってきたティナが、それらをテーブルに並べながらそう言った。ちなみにお菓子は色々な種類の小さなケーキで、どれも見た事あるなと思ったら、全部“異世界人”が作り方を教えたレシピなんだそうな。
地球から来た人でも意外と住みやすそうだね……なんて思うかも知れないけど、ちょっと違う。
これがどういう意味を持つのかというと、この世界【テス】での『知識チート』終了のお知らせである。
過去に勇者ではないけど知識を持った大人の人が召喚されていて、大抵の知識チートは一通り試されている。
製紙や近代農業。工業製品による道具類。食べ物も、ケーキもピザもプリンもマヨネーズも大抵の物ならあるので、最近召喚されたような高校生程度の知識では何も出来ない厳しい環境になっていた。
さすがに精巧な銃とか爆弾は工業技術のせいで作れなかったみたいで、似たような物はあるけど、魔法の方が手っ取り早い。
異世界に住む人達だってバカじゃないんだから、方向性は魔法寄りだけど、ある程度の物は自分達でも考えるからね。
おっと話が逸れました。
「勇気くんの情報通り?」
「はい。ですが、彼の後釜には二年前新しい勇者の少年が召喚されたそうです」
「それなら、それはある程度除外していいわ」
「かしこまりました」
私がそう言うとティナとノアが頭を下げる。
一応戦闘になるかも知れないから適度な情報は必要だけど、絶対に必要な情報は、他の三人の“異世界の勇者”だ。
ところがその情報がほとんど出てこない。セイル国にいるのにキョージの情報さえもほとんど出てこないのは、意図的に私の目に触れないようにしている?
「ユールシア様ぁ、ちょっと分かったよ~」
今度はファニーがサンドイッチのような軽食を持ってくる。
……ケーキの後に軽食か。
「何で食べ物ばっかり?」
「うんとね。この城の侍女達が歩いていたらくれたの」
「あ、わたくしもそうですね」
「へぇ~」
事情を知らない人達はそれなりに好意的なのかな?
「それで何が分かったの?」
「うん、闇の勢力はアトラの魔族とあまり変わらない感じかなぁ。ダークエルフってのが居るらしいけど。あ、そうそうこの世界って“ドラゴン”がいるらしいよ~」
「おおお~っ」
それは素晴らしい。何しろアトラはファンタジーなのにドラゴン居なかったからね。……その替わり、ゾウやカバが旅人襲うんだけど。
要するにこの【テス】は、みんなが想像しやすいファンタジーな世界なのです。
ただし、知識チートはほぼ終了している。
「それと北方のゲンブルの情報があったよ」
「どんな?」
「なんでも大量のゾンビ発生事件があって、ゲンブルではだいぶ収まったけど、それが南下してるんだって」
「ふぅ~ん?」
なんだろ? ちょっと引っかかる?
「ねぇリンネ。ゾンビと“土属性”って関係ある?」
『……地の勇者と関係があると思っているのか?』
魂で味付けしたベーグルサンドを丸呑みしていたリンネが顔を上げてこちらを見る。
「なんか、ほら……ゾンビって土の中から湧き出す印象が…」
『そうだな……一気に大量に作り出すのなら、地の属性があると魔力を通すのが楽かも知れないな』
「……その程度か」
さすがに地の勇者の弱みには繋がらないか。出来れば勇気くんが殺された時みたいに汚名を着せてあげたかったんだけど……。
「でも、ちょっと気になる」
『気になるのなら調べに行ったらどうだ?』
「そうしたいけど、私が直に動くとこの国が煩そう……」
最初に問題起こしたせいもあるけど、私の存在を【聖女】とか言って発表したから、妙に動きにくくなってしまった。
「リンネ、行ってみる?」
『俺としては闇の勢力側に行ってみたいな。ダークエルフは俺も初めて見るので興味がある』
「味覚的に……?」
『食感も大事だぞ』
結局食欲か。まぁ、あの異次元の悪魔程度じゃ食べても回復してないみたいだし。
「はいはぁい、ユールシア様、私、お出掛けしたい」
「わたくしは主様のお側でお世話しますわっ」
ファニーがお出掛けに手を挙げて、ティナは私のお世話が希望か。
「それなら、こっちはティナと……ニアが居ればいいかな? 他のみんなはちょっと調べに行く?」
私がそう提案すると、みんなはやっぱり城は暇だったのか、口元をほころばせて軽く頷いた。
『ガウガウ』
「ギアスはリンネ様に付いていくって言ってるよ」
相変わらず分からないギアスの言葉をファニーが通訳してくれる。リンネに付いていくのは、魔獣同士何か通じるものが有るのかな?
「恩坐くんはどうする?」
『(ぷるぷる)』
「ここに残るって」
こういう部分でも性格の違いが出るようで恩坐くんは残るそうだ。まぁ、恩坐くんは私を護る『約束』があるしね。
こうして私達は幾つかに別れて各国を調べて廻ることになった。
リンネとギアスは闇の勢力側に向かい、ノアは南方面を調べて、ファニーは南下し始めたゾンビ発生事件を調べることになっている。
……なんだろう。何か不安になってきました。今更ながら、この子達を放置しても大丈夫なんだろうか。
*
悪魔達は、きちんとセイル国に許可を取ってから出掛けることになった。
ユールシアから見れば四人だが、セイル国から見れば執事と侍女の二人が出掛けるだけなので、あまり煩くも言えない。
それでもセイル国の騎士数名が、護衛という名目で監視に付くはずだったのが、どちらも王都から出た途端に引き離されて見失い、【聖女】の従者の力を実感する羽目になった。
セイル国の城に残ったのは、ユールシアとティナとニア、……そして恩坐である。
『(てくてく)』
某日曜夕方の長寿アニメの幼児のような足取りで、50センチ程のウサギのヌイグルミが城内を軽やかに歩いていた。
恩坐は人間だった記憶こそ曖昧になっていたが、ちゃんと自分の意志でユールシアを護り、自分の意思で活動している。
悪魔になってしまったが、ギアスのように魂が黒く染まっていなかったので、その行動原理は人間に近い。
てくてく歩くウサギさんを見かけて若い侍女達が身悶えていた。その中で一緒に身悶えていたトイレ休憩帰りの瑞樹は、我慢しきれず恩坐の後を付けだした。
小柄な女の子がウサギの後を歩いている光景は微笑ましいが、やっている事は立派なストーカーである。
「あ、あの、ウサギさんっ」
『…(くるん)』
声を掛けられて振り返り、首を傾げるウサギ(※注意・中身おっさん)に瑞樹は眼をキラキラさせていたが、そのまま動かない彼女に恩坐がまた歩き出すと、瑞樹が慌てて再度呼び止める。
「ま、まって、ごめんなさいっ」
『…(こくん)』
恩坐が立ち止まって頷いたのを見て、駆け寄った瑞樹はホッと(意外と大きな)胸を撫で下ろした。
「あの……何処に行くんですかっ」
「(ひょいひょい)」
瑞樹の問いに答えるように、恩坐は進行方向を丸いお手々で指し示す。
「向こう…? 食堂の方ですか?」
「(こくん)」
その方向には瑞樹達も利用する、兵士や騎士達の食事場があった。
恩坐がまた歩き出すと瑞樹は、ウサギがご主人の為に“おやつ”でも貰いに行くのだと考え、そのまま後を歩き出す。
「………」
出来れば抱っこしたかったが、瑞樹は他の人のウサギに勝手に触れないように燈火からきつく注意をされていたので我慢した。
食堂は食事時にはむさ苦しいほどに人が溢れているが、それ以外の時間は驚くほど人が居ない。
ところが今日に限って数百人が一度に食事出来る食堂の一角で、数人の兵士が任務帰りなのか疲れた顔で食事をしており、入ってきた動くヌイグルミに気付いて、ギョッと驚いた顔を向けていた。
その中を恩坐は気にもせずに厨房の方へ向かい、何となく一緒に睨まれている気がして瑞樹もおどおどしながらその後を続くと。
「おや、また来たねっ」
厨房の中から、恰幅の良い中年の女性が恩坐を見てにこやかに声を掛ける。
「そっちの子は……異世界の子だね。どうしたんだい?」
「い、いえ、ウサギさんが…」
「ああ、この子、良く来るんだよ。ちょっと待ってな」
女性は恩坐に声を掛けて厨房の奥へと引っ込んでいく。
瑞樹は厨房のカウンターの上に、勝手に食べてもいい日持ちの良いお菓子があるのを見て、一つ取って恩坐に差し出した。
「ご主人様に持っていく?」
『……(こくん)』
少し悩む素振りを見せた恩坐が瑞樹からそれを受け取ると、
「おいっ、お前、聖女と一緒に来た奴だなっ!」
気がつくとあの兵士達が瑞樹と恩坐を取り囲んでいた。
「そ、そうですけど…」
「お前ら問題ばっかり起こしやがって、こんな時間に飯でもたかりに来たのかっ」
その兵士達は【聖女】の情報を探ろうとする連中を取り締まる役目をしており、ただでさえ大変なのに、その聖女の従者が国から“調査”名目で出掛けた為に、さらに多くの間諜が押し寄せ、寝る間も食事をする時間も削られていたのだ。
イライラするのは分かるが、瑞樹はむしろ巻き込まれた立場の被害者であり、何も悪くはないのだが、一般の兵士から見れば聖女の仲間のように見えたのだろう。
「おや、どうしたんだいっ」
「「「………、」」」
厨房の女性が戻りそんな声を掛けると、母親的な感じがするのか兵士達が黙り込む。
「なにをやってんだか……。ほら、持ってきたよ」
女性が持ってきた瓶を見せると、それを見て兵士の顔が歪んだ。
「酒だぁ?」
「昼間っから酒かよっ」
「こら、あんた達っ、これは…」
「あんたは引っ込んでてくれっ」
瑞樹が昼間から酒を飲もうとしていると思ったのか、兵士は止める女性に怒鳴り返すと、小さな瑞樹の肩に手を伸ばした。
「きゃっ!」
精神が疲弊している兵士の怒気に瑞樹が思わず目を瞑る。
ガシッ。
「……なっ」
兵士のその手は、瑞樹の肩に乗ったヌイグルミの小さな手に受け止められていた。
『…(ひょい)』
「どわぁあああああああああっ!?」
物理法則さえねじ曲げているのか、恩坐が手を掴んだまま身を捻ると、肩に乗せている瑞樹に何の重さも感じさせずに、兵士の身体が宙に舞って放り投げられた。
「…ぉ、おいっ!?」
「なんだぁ!?」
兵士の仲間達は怒りを感じるより理解できない顔で戸惑った声を上げる。
『(ひょいひょい)』
「え……、ああ、ほら」
恩坐は呆然としていた女性から酒瓶を受け取ると、器用に栓を開けてグビグビと呑み始めた。
その光景に瑞樹も兵士達も唖然として見ていると、恩坐は七割ほど残った酒瓶を先ほど投げ飛ばした兵士に差し出した。
「…お、おう」
戸惑いながら……と言うより混乱しながら、まだ仕事中だというのに受け取った兵士は酒瓶に口を付ける。
「……ぷはぁ」
『(ひょい)』
「……へい」
そしてまた酒瓶を受け取り、ウサギはおっさん臭い仕草で味を愉しむように酒を口に含んだ。
「「「「……………」」」」
その後、兵士達と恩坐は車座になって床で酒盛りを始め、彼らは隊長に見つかり叱責を受ける羽目になったが、その顔は意外と晴れやかであった。
その小さな出来事を機に、恩坐は一部の兵士達から受け入れられ、『ウサギの兄貴』と呼ばれるようになったのである。
次回は、ユルから離れた悪魔達の行動です。





