3-07 夜の国の子供達 ①
悪魔的表現がございます。お食事中はご注意ください。
この世界【テス】は、地球と比べて寒暖の差は緩やかだが、それでも地球と同じように北は寒く、南は温暖な気候になる。
この大陸で北方に位置するゲンブルでさえ冬でも大量の雪が降らないのは、そのさらに北にあるコードル山脈が冷気を遮っているからだと言われていた。
そのコードル山脈を越えた場所に、闇の勢力が住まう場所がある。
だが彼らは雪と氷に埋もれながら生きているのではなく、その地下にある大空洞を生活の場としていた。
大空洞と聞けば暗闇の中に住むようなイメージがあるが、その場所は特殊な光るシダ植物のような物が生えていて意外と明るい。
それだけでなく近くに火山でもあるのか、中はかなり温かく、光る植物程度の明かりでも栽培出来る植物やキノコなどを育てていて、獣人の子供が鼻水垂らしながら駆けずり廻る姿も見られ、意外と牧歌的な雰囲気が感じられた。
大空洞は天井までかなり高く、広さも人間国家の大国以上で、ドラゴンが飛び回れるほどの大きさがある。
そこから人間国家に侵攻するには、迷路のような暗くて長い洞窟を通らねばならず、その出入りをする洞穴の入り口はコードル山脈の人間国家側にあり、全ての穴を把握している訳ではないが、軍が通れるような大洞穴は、人間国家が巨大な砦を築いて警戒をしていた。
人間側も迷路を通って侵攻は出来ず、そのせいで決着も付けられずに数千年も争いが続いてる。
大規模な軍勢を出すことは出来ないが、闇の勢力は一方的に攻撃を仕掛けられる立場にあり、この数百年は優勢を保っていた。
十数年前に【勇者】四名によるダークエルフの王暗殺計画も、勇者の一人が裏切ったせいで未然に終わり、闇の勢力側はある意味、油断をしていた。
そんな彼らにひっそりと、本物の【闇】が迫りつつあった。
「美味しいシメジはいかがですか~っ。毒キノコもありますよ~っ」
一人のダークエルフの少女が、篭いっぱいに摘んだキノコを売るために、街の通りで声を上げていた。
紫がかった紅い瞳。褐色ではなく青みがかった黒い肌。銀の髪をかき分けて飛び出ている10センチほどの長い耳。
500年以上の寿命を持つエルフ種なので見た目と年齢は同じではないが、その少女はまだ十代であろう。
ダークエルフは傲慢で人間から悪魔のように思われているが、それはダークエルフの上層部である貴族や力の強い戦士だけで、一般人のダークエルフは悪ではない。
ただ、人間社会の中で生きるには、ダークエルフは純粋すぎたのだ。
それでも、食用のキノコと毒キノコを同じ篭で売っているところが、闇の住人らしいと言える。
「おい、お前っ、誰に断ってここで商売してるっ!」
明るさはあると言っても陽の光ではないので、せいぜいが室内でランプを点けた程度である。そんな明かりさえ届かない脇道から少女に声を掛けてきたのは、二人の獣人の兵士だった。
「…あ、あの…私……」
「ここらで商売するには俺らの許可がいるんだよっ。なぁ?」
「おう。タダで商売しようだなんて、しょっ引くしかねぇなぁ」
「そ、そんな…」
怯える少女に獣人の兵士達はニヤリと嗤う。
「おい、そう言えば、最近行方不明事件が起きていたな。お前が何か知ってるんじゃないのかぁ?」
「し、知りませんっ! お金なら払いますっ、……その、少ないけど」
「だったら、こっちにこいっ。俺達が尋問してやろう」
「ひっ、」
この国では強さのみが尊ばれ、強ければ大抵のことが許される。
その証拠に、少女の腕を掴んで詰め所ではなく、裏路地の暗がりに連れ込もうとする兵士達に、住人達は目を逸らして何も言えない。
「やめて、お願いですから、」
「おら、さっさと来いっ」
「まずは武器を隠しているとやっかいだから、服を全部脱いで貰おうか」
彼らはおそらく常習犯なのだろう。
慣れた手つきで少女を暗がりに連れ込むと、怯える少女の全身を舐めるように見つめて舌なめずりをした。
『ガォオオオ……』
その時、さらに奥の暗がりから“獣”の吠えるような唸り声が聞こえた。
「なんだっ?」
「何か居るっ!」
「きゃあっ!」
兵士達は少女をその暗がりのほうへ突き飛ばすと、ハルバード……斧の刃が付いた槍を構えた。
雑魚のような態度は取っていても闇の勢力側の兵士である。隙のない構えで一瞬で戦闘態勢を取りながら、獣人特有の暗視能力で闇を凝視した。
そもそも彼らはこの界隈で起こっている、住人や兵士が行方不明となった事件を捜査していた。闇の住人が突然居なくなるのは珍しいことではない。ここでは常に争いが起きており、誰がいつ死んでもおかしくなかったからだ。
真面目に捜査してはいなかったが、その犯人が“獣”だと言うのなら納得出来る。
だが何かがおかしい……。
獣がそこに居るのならその気配があるはずだ。だがその気配も感じなければ獣臭さも感じず、暗視能力でも見えない“闇”で満ちていた。
だが、確かに何かがそこにいる。
『ガウ』
その闇から、何か小さな物がひょこひょことした二足歩行で姿を見せた。
「………クマさん?」
前に突き飛ばされた少女が唖然として呟いたように、出てきたのは50センチ程の、小さなクマのヌイグルミであった。
「……はぁ?」
「なんだこりゃ……なんでオモチャが動いてるんだ?」
緊迫した空気が消えて、すっかり気が抜けた兵士達は武器を下げてしまう。
「……これ、売れるんじゃねーか?」
「おう、持って帰るか」
動くとは言え、可愛らしいクマのヌイグルミに警戒心を持続させるのは難しい。兵士達が安易に近づいて手を伸ばすと。
『ガウッ』
突然、片方の獣人が路地の壁に寄りかかるように崩れ落ちる。
「お、おいっ、なにやって…ひぃっ!?」
その獣人の兵士は、もう一人の兵士から見える逆側の半身が、食い千切られたように消滅していた。
ガリ…ゴリ…ガリ……
そんな音に獣人と少女が目を向けると、クマのヌイグルミが血塗れの口で何かを噛み砕いて咀嚼していた。
そしてゴクリと嚥下し……
『ガウ?』
可愛らしく首を傾げるヌイグルミに、二人の顔が恐怖に歪んだ。
「お、おお、お前が行けえっ」
「きゃぁああっ」
獣人がもう一度少女を囮にしようと手を伸ばすと、その腕は少女に触れる前に忽然と消滅する。
『ガウ』
「ひぃいいいいいいいいいいいっ!?」
恐怖と痛みに叫びを上げる獣人に、ヌイグルミが一瞬で飛び乗り、その愛らしい口を開いて、ぬらりと光る数百ものミキサーのような牙を剥き出した。
それから少女は誰も居なくなった路地で呆然とへたり込んでいた。
兵士二人を丸ごと平らげたクマのヌイグルミは満足したのか、ダークエルフの少女を喰らうことなくどこかに行ってしまった。
それは単純に、悪魔が食するだけの魂を持っていなかっただけなのだが、それを知らない彼女は、自分で作ったクマのヌイグルミを家に飾り、毎日拝むようになった。
『ガウガウ』
『腹ごしらえは済んだか』
クマのヌイグルミが離れた場所にある小さな砦に入っていくと、その中から落ち着いた声が聞こえてきた。
普段は兵士が訓練をしているか、酒を飲んで騒いでいるはずだが、そこに生き物の気配は存在しない。
ここが放棄された場所ならばいいのだが、その床には武器が落ちて、百人分以上の鎧がまるで中身が突然消え失せたかのような形で転がっていた。
その奥に、巨大な闇を凝縮したような【獣】の姿があり、銀の瞳だけが暗闇の中で輝いていた。
『ここらでは、もう碌な魂はないな』
『ガウ』
『では移動するか』
深い闇の気配が霞のように消えて動き出す。この国に訪れた恐怖は、まだ始まったばかりなのだ。
次回は本当にリンネのお話しです。





