1-15 悪魔聖誕
悪魔的な表現がございます。ご注意ください。
「なんで付いてくるんだよっ!」
「………」
恩坐は柚子からの“無言メール”を受け取り、すぐに行動を開始した。
何度かメールを送り返したが返事は戻らず、電話を掛けても柚子の携帯電話は電波が通じないか電源が入っていないのか繋がらない。
何が起こっているのか分からない。だが恩坐は、胸を締め付けられるような不安を感じて走り出す。何故かその向こうに柚子が居るような気がして。
そして、その恩坐の心臓辺りを見ていた黒覆面の少年は、その走る恩坐の後を付いてきていた。
「……なんだっつうんだよ」
声を掛けても何も答えない黒覆面に恩坐も苛立つが、今はそれどころではない。
大地から氣を集めて、即座に自分の氣と練り合わせて身体に満たす。必要に迫られたせいか、恩坐は苦手にしていた氣による身体能力の向上を扱えるようになっていた。
それでも黒覆面は余裕を持って付いてくる。
あの使っていた大剣にしても、あの大きさなら使い手と同じくらいの重さはありそうなのに、黒覆面はそれを片手で扱っていた。
「……なんだよ、あいつ」
「……っ?」
「…うっ!?」
二人は同時に足を止めて、進行方向の遙か先を見つめた。
「なんだ……? 今の」
「………」
何か恐ろしい【力】が弾けたような感覚があった。その正体は分からないが、あきらかに常軌を逸している。
それに何を感じたのか、黒覆面がその方角へ駆け出した。
「おいっ、待てよっ。……このっ」
***
「……ぁははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!」
暗い廃校で、それは唐突に始まった。
大人達の会話を押し黙るように聞いていた少女の【気配】が変わり、突然、高らかに笑い声を上げた。
ビシィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!
「ひぃっ!?」
「なっ!」
窓硝子に罅が入り、校長室だけでなく校舎全ての硝子が細かな罅で灰色に染まる。
校長室以外にいた者は聞こえた“嗤い声”に不気味そうに辺りを見回し、校舎の外にいた者は不安を感じながらも慌てて中に入っていった。
そして……校長室に居た者達は信じられないモノを目撃する。
少女の愛らしい瞳の白目が、闇に浸食されるように黒く染まり、黒い瞳が血のような真紅に輝く。高らかに嗤う桜色の唇から覗く白い歯が、紅水晶のような艶やかな獣の牙に変わり迫り出してくる。
その姿のみならず、その暴力的なおぞましい【気配】に、その場にいた全員が現実離れした未知の恐怖に動くことさえ出来なかった。
夢のように可愛らしい少女の姿をした“化け物”に。
「ひっ、」
腰を抜かしてへたり込んだ綺堂父の頭を少女が鷲掴みにした事で、全員が悪夢ではなく現実だと気付く。
「……ぅあ、あああああああああああああああああああああああああ……っ!」
少女が嗤いを止めても、耳にこびり付いて離れない嘲笑の幻聴が鳴る中、ミシミシと頭蓋骨が軋む音と、愛らしい小さな指先から伸びる“真紅の爪”が額に突き刺さる綺堂父の苦悶の声が男達の耳を打つ。
「……ぁ、」
綺堂父の全身が見る間に干涸らびて、救いを求めるように息子に手を伸ばした手が、枯れ木のように折れて床に落ちた。
「……ごちそうさま」
「っ!」
少女の呟きを聴き、花のような異形の笑顔を見て、京時は校長室の扉を体当たりするように開けた。
「翁、早くお逃げ下さいっ!」
「…ぉ、ああ」
「ち、」
京時は舌打ちをして、まだ硬直していた黒服の一人を少女に向けて蹴り飛ばすが、少女はそれを軽く手を振って弾き飛ばし、そこに居たもう一人の黒服を巻き込んで、叩きつけられた壁にオブジェのような鮮血のコントラストを加えた。
その隙に京時は久遠翁を連れて校長室から外に出る。
「………」
少女はそれを追わず、口元だけで淡い微笑みを作ると、罅が入った窓硝子にそっと手で触れた。
「…『閉じろ』…」
その時点では、おぞましい悪寒は感じていても“危機”を感じていた者はまだわずかであった。
だが、それは次第に現実の恐怖へと変わっていく。
「そ、外の扉が開かねぇっ!」
「窓も駄目だっ! なんか濁って外が見えないっ!」
「叩き割れっ」
「だ、駄目だっ、椅子をぶつけてもビクともしねぇっ!」
「……お、おい、何か来るっ!?」
薄暗い学校の廊下を、髪の長い小さな影がゆっくりと近づいてきていた。
仄かに輝くような美しい黒髪。幼いながらも精巧な人形のような完璧な美貌……。
血のような真紅の瞳で紅の牙を見せて嗤い、化け物の気配を撒き散らす幼い少女に、男達の恐怖の悲鳴が暗い校舎に響き渡った。
出口のない袋小路の校舎を、大人達が悲鳴をあげながら逃げ惑う。
それを追うのは、小さく可憐な一人の少女。
逃げても追いつかれて為す術もなく男達は引き裂かれていく。
荒事の世界で生きてきた男達は、今まで弱者と蔑んできた者が逆らうことなど考えたことがなかった。凄んで拳を振り上げてみせれば、一般人は誰でも怯えた表情を見せて言うことを聞いてくれた。
だが男達は、たとえ生き残れたとしても、もう二度と荒事の世界では生きられないだろう。
この世界には、何気ない【弱者】の顔をしていながら、自分達を虫けらのように潰す【化け物】が潜んでいる事を知ってしまったのだから。
「来るなぁっ、来るなぁあああああああっ!」
パン、パンと、乾いた軽い音を立て一人の黒服が拳銃を撃ちまくっていたが、少女には一発も当たらない。
最後の一発を撃つと同時に少女がデコピンのように宙で指を弾くと、金属を叩くような音がして銃を撃っていた男の頭が弾け飛んだ。
「し、しししし、しねぇええええええええええええええええええええっ!」
チンピラの一人が半分狂ったように匕首を振り回しながら少女に突っ込んでいくと、少女はその刃を優しく指で摘んで、廊下の奥を逃げようとしていた男達に向けて、持ち主ごと投げ飛ばした。
一緒に逃げていた仲間達が、オモチャの人体模型のように手足がグチャグチャになって飛んでいくのを見て、男の一人はトイレに逃げ込む。
カツン…カツン…と、歩幅の小さなローファーの足音が廊下に響く。
トイレの個室に隠れた男は息を殺して通り過ぎるのを待ったが、その足音が小さくなることはなく、ゴン…ゴン…と、トイレの個室のドアを一つずつ叩き始めた。
ゴン……ッ。
「……ぃッ、」
自分が隠れている扉が叩かれ、男は口を押さえて悲鳴を押さえる。
そして次に隣の扉が叩かれたことで、思わず力が抜けたその男が薄い仕切りに寄りかかると……
ドンッ!
「ひぃああぁああああっ!?」
再び自分の扉が叩かれ、男は思わず声を上げた。
ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!
「うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
凄まじい力で何度も扉を叩かれる度に、丁番が弾け飛び、扉がひしゃげ、パネル板に穴が開いた。
その穴から見える少女の顔が、牙を剥き出して笑みを作ると、校舎中に響くような悲鳴が男の口から溢れた。
「ひぃいっ!?」
どこからか聞こえてきた断末魔のような悲鳴に、あの偽運転手、品原は引きつけを起こすような悲鳴をあげる。
「なんでガキが、なんでガキが、なんでガキが、なんでガキがぁあああああ」
立て籠もった科学室の隅で身を縮めて、品原は恐怖が過ぎ去るのを待った。
自分に鉛筆を突き刺した、あのくそ生意気な子供。あれを始末する時は絶対に自分の手で嬲り殺しにしようと京時に頼むつもりだった。
それが何故、その子供が自分達を殺しまくっているのか、品原の理解できる世界を超えてしまっていた。
「なんなんだよぉ……」
頭を抱えてガタガタ震えていた品原は、いつの間にか、周りから音が聞こえなくなっているのに気付いた。
誰かが殺したのか。それとも全員を殺してどこかに行ってしまったのか……。
「………」
品原は爪を噛み、まだ震える身体でそっと辺りを窺う。
まだ居るかも知れない。居ないかも知れない。見つからないように身を屈め、品原は科学室のテーブルに隠れるように扉を目指した。
もう少し……きっと扉まで何も無ければ、あの化け物はどこかに行ってしまったのだろう。
そして、微かに見えてきた希望にホッと胸を撫で下ろした時、
「………」
テーブルの下にしゃがんでいた、あの少女と目が合った。
「ひぃいやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
喉を引き裂くような悲鳴をあげて、品原は腰を抜かして四つん這いで逃げ出す。
「やぃああっ!」
その足首を掴む、小さな手。
「……ひあ…」
品原は奇妙な声を漏らして白目を剥き、ビクンッと一度震えると、その心臓は動きを停めていた。
***
「学校の怪談……」
すみません、ちょっとノリ過ぎちゃったみたいです……。
ほら、アレですよっ。肝試しで脅かし役をすると妙に張り切っちゃう…みたいな?
でも肝試しと違うのは、見つかったら即座に死亡ってことだけど。
まぁ、魂は回収できたからいいか……。
うん……。私は【悪魔】だった。
あまりの現実に思わず大爆笑してしまった私は悪くない。
まだ記憶はゴチャゴチャだけど、自分が【人間】じゃないって事は理解できた。
あの【黒猫】はこれを私に伝えたかった。
私の本当の姿を教えてくれたんだ……。
きっとあの【黒猫】だけが私の混濁した記憶が【真実】だと知っていて、多分、あの黒猫が、私の記憶を探る鍵になる。
きっと私は、あの黒猫が“誰”か知っている。
黒猫を思い出すと、心の奥底から何かがガリガリ爪を立ててるけど、まだ出てきてくれそうにない。
「……また会えるよね」
そう思うことにする。それに今はやることもある。
悪魔は人間の“魂”を食べる。
私が他人の悪意を受けて心躍っていたのは、無意識にその美味な魂を欲していたからだ。
純粋で無垢な魂なんていらない。悪意と憎悪で熟成された芳醇な魂が欲しい。
ここにいたチンピラや黒服達の魂は回収したけど、その味は綿アメを食べているように単調でスカスカだったんだよ。
あの綺堂のおじさんの魂はそこそこ良いお味でした。でも、熟成はされていたけど、少しばかり旨みが足りなくて、久しぶりに食べた魂で逆に食欲が刺激されてしまった。
………私って、本当に【人間】を辞めちゃってる。
「……残りは二人」
さて、本日のメインディッシュと行きましょうか。
柚子はおちゃめな女の子です。
次回、あの二人をどうするのか。第一章も残りわずかです。
更新は明日予定です。





