3-22 狂気の戦場 後編
本日二話目になります。ご注意ください。
本日中にもう一話予定しています。
『ニャ』
「……………」
くっ、締まらない……。こんなことで精神体である悪魔がダメージを受けるとは。
それにしても【地獄門】…? 門どころか地獄そのものじゃないの。
私達の【失楽園】も大きくなって大陸一つ分の広さがあるけれど、ここからは世界丸ごと以上の広がりを感じる。
まぁ……やることは変わらないけど。
「どうした、ユールシア。愛しき子よ。来ぬなら妾から行くぞ」
「『輝聖翼』っ!」
悪魔の羽に黄金の羽毛を付けた高速移動モード。
嫌な予感から即座に飛び退いたその一瞬後に、数百メートルの範囲で黒の海から槍の柱が数千本と飛び出した。
「っ!」
違う、そのまま全力で飛び続けると、槍の柱の範囲は数キロメートルにも広がり、数百万本の黒い槍から何とか逃げ切ると、腕の一振りでそれらを消したシルベルタルが真っ直ぐに向かってきた。
「ハハハッ、さすがに速いのぅ! これならどうじゃ」
私のいる周囲の空間が歪み、そこから数百本の黒い槍が私に襲いかかり、
「『輝聖剣』っ!」
黄金魔剣が光を帯びて、一振りで黒の槍を消滅させた私は、そのまま剣に帯びていた聖なる光をシルベルタルへ剣を振るように撃ち放つ。
『ニャ』
だけど、弱っていたとは言えリンネさえも後退させた輝聖剣の一撃は、波立つ黒い海に阻まれてシルベルタルへは届かなかった。
「ほほぉ! 今のは肝が冷えたぞ」
「それはどうも……」
ほとんど効いていない。しかもあの黒い槍は私の【夜の槍】と同種で、込められた魔力は少ないけど、年の功か、異常に数が多くてやたらと効率がいい。
この亜空間……私の【失楽園】と同種だと言っていたけど、もしかしたらこの亜空間そのものが“シルベルタル”だという可能性もある。
私達悪魔や精霊は精神生命体だ。それは顕現して依り代である肉体を持っていたとしても変わらない。
物質界の生物は身体が破壊されれば死ぬけど、悪魔は逆に依り代を破壊されても死にはしない。ただ強制的に魔界に送り返されて、ほとんどの力は失うけど、自我を残して魔界の底の淀みに再構成される。
悪魔が滅びるのは、依り代のない状態で倒されるか、魔力を全て失うか。そうなれば自我も消滅して魔界の淀みに最低級悪魔として再構成される。
悪魔同士の潰し合いだと、存在の削りあいになるけど……
それでも拡散前に意識を回収できれば高確率で自我を戻せるけどね。
だからここは、シルベルタルの魔力ストック。分体のようなものではないの? これを使えば、もし依り代を破壊されてもすぐに復活が出来るはず。
私も真似しよう……機会があったら。
それにしても海の底のほうから奇妙な力も感じるけど……
「ここは暗いじゃろう? そうジロジロ見るでない」
私が辺りを見てたのでシルベルタルがそんなことを言う。
「ここも明るくしたいが、常には難しいのぅ。仕方ないので、現世の“夜”を無くして、明るいだけの世にして無聊を慰めるしか出来ぬのが辛いところじゃ」
「夜を……無くす?」
こいつ、とんでもないことを言い始めたよ。
夜を無くして昼間だけの世界にするって言うの? しかも魔界や亜空間をすぐに明るく出来ないから、とりあえず、ってだけで? そんなこと出来るわけが……あっ。
「気付いたかの? 教国を見たであろう。すでに実験は済んでおる。後は大規模に行うだけじゃ。お主が協力してくれたらすぐにでも――」
「――『輝聖槍』――」
シルベルタルの言葉途中で放った輝聖槍が、彼女の手前で波に遮られて消える。
「シルベルタル……生き物が消える」
昼間だけの世界に生き物が生きていられるはずがない。気温は絶え間なく上昇し、気圧が乱れて世界中を嵐が襲い、深海以外の生物は死滅する。
だけど私のそんな言葉にもシルベルタルは愉しそうに嗤った。
「心配性よのぅ。安心せい、愛しき子よ。すでにこの世界は、…そう言えばお主の前の世界も、一度か二度、人共は絶滅しておるぞ。その度に残った一握りに妾が知恵を授けておるので、そう問題はあるまい?」
「…………」
こいつにとって、『世界』は、生態系の水槽みたいなものか……。
仕方ない……覚悟を決めよう。
「おや?」
シルベルタルの訝しむような声。
私は翼を畳み、黒い海に降り立つと、纏わり付き浸食しようとする毒虫のような蠢く波を魔力で払いながら、静かにシルベルタルのところへと歩いて行く。
「…………」
「どうした? もう遊びは終わりかえ?」
あと数歩……互いに手を伸ばせば触れあうところまで近づくと、愉しげに微笑むシルベルタルに、私は最後の“賭け”に出た。
「――『聖王剣』――」
「なにっ」
初めて聞くシルベルタルの驚きの声。
私が彼女と戦うことを決めてからずっと考えていた最後の秘策。
シルベルタルは魔界と精霊界を崩す為にキマイラを創っていた。それを為したローズは力こそ弱かったけど、本当の天才だったと思う。
人間を媒体として悪魔と精霊の力を同じく利用できるようになるのなら、【私】と言う“人間”の属性を使って、悪魔の魔力を精霊力に変換できないだろうか?
その精霊力をすべて【聖】属性に変えることが出来たなら――
でもそれだけじゃ足りない。それを使う為の媒体もいる。でもそれは解決した。だからあの時、ニアはそれを私に託した。
勇者が使う聖なる剣を――
「ぬううっ!」
聖属性になった私の魔力が黄金魔剣を媒体にして光の刃を作り出す。ただしその射程距離は、剣の長さだけ。
だからシルベルタルが油断している今しかない。
聖王剣の光の刃がシルベルタルの黒髪とぶつかり合い、激しく火花を散らした。
「行っけぇ!」
「ぬああっ!」
ついに聖王剣の光が黒髪を突き破る。これほどの聖属性の力なら――
「ぐはっ」
聖なる光を灯した黄金の刃が心臓を貫き、信じられないような顔で血を吐いた。
「残念じゃったの」
「…………」
シルベルタルの黒髪の中から現れたのは、悪魔の戦いに巻き込まれ、ボロボロに衰弱して、私の剣に貫かれた第一王子ジーノの姿だった。
「此奴も、一度は妾が選んだ子の一人じゃ。ならばその最後は、求めた女子と共に死にたいと思うて連れてきてやったが、いやはや、最後によう役立ってくれた。これにはほんに妾も数千年ぶりに滅びるやと思うたが、さすがは『人間』じゃの。聖属性には良い盾となったわ」
パキンッ!!
限界を超えた黄金魔剣が砕け散り、膝を突く私の前で、シルベルタルに掴まれていたジーノの身体が見る間に枯れ果てて崩れ去ると、その魂をまるで豆菓子でも食べるようにシルベルタルが噛み砕く。
「どうした、ユールシア? 立てぬか? いかに人属性の身体を持つお主でも、悪魔の身で内側に聖属性を宿したら、身体がボロボロであろう? 無茶をしたものじゃ」
「…………」
膝を突いたまま動けない私を、シルベルタルが首を掴んで片手で持ち上げる。そのもう片方の手には、黒い貴腐酒が満たされた髑髏の杯を持って。
「これで仕舞いじゃ。いや始まりかのぅ。今度は拒むでないぞ? これを呑めば、その身体も瞬く間に癒され、身も心も妾に染まり、本当の“子”として生まれ変わるのじゃ」
「…………」
やっぱり呑んでいたら内側から浸食されて、シルベルタルに取り込まれていた。
でもね……例えどうなろうと、今はそれを呑むわけにはいかないの。
「ん?」
私が両手でシルベルタルの右腕に触れると、シルベルタルがわずかに首を傾げる。
そして私が俯いていた顔を上げた時、私の顔を見て咄嗟にシルベルタルが私を放そうとした。
「くぅああああああああああああああああっ!!」
シルベルタルの右腕が瞬く間に腐り果てて骨になり、彼女は自分の右腕を切断して距離を取りながら、その腕の傷と顔に杯の黒い貴腐酒をぶちまけた。
「ぬああああああああああ………」
今度こそ演技じゃない、断末魔のような苦痛の声。空になった杯を投げ捨て、左手で顔面を押さえて呻いていたシルベルタルは、その呻きが徐々に低い地の底から響くような笑い声へと変わっていった。
「……ふふふふふふ、やってくれたなぁ……ユールシアぁ」
酷く浸食された右腕を捨てて尚、その飛び散った余波でシルベルタルの顔右半分は醜く焼け爛れていた。
「このような痛み……何千…いや、何万年ぶりか……。おそらく数千年は元に戻るまいな。……ほんにようやってくれたなぁ……ユールシア」
「…………」
……殺せなかったか。あ~やだやだ、チート存在の相手なんてするもんじゃない。
ほとんど最後の切り札だったんだけどなぁ……。普通なら最大の切り札になる聖王剣さえもブラフにしての攻撃だったのに。
今のは……私の中にある【真の魔王】の力だ。
純粋な滅びだけの力。もちろん、そんなモノは何者にも制御は出来ない。
今も私は、私を純粋な破壊兵器にしようとする【真の魔王】の精神汚染から自我を守る為に精神の一部を身体から切り離しているので、その負荷が身体に集中して、今現在も両腕が崩壊し続け、私は身動き一つ出来なくなっている。
「ユールシア……お主を我が子として迎えるのは止めじゃ。我が『敵』として扱い、妾に苦痛を思い出させた褒美として、妾の“力”を見せてやろう……」
ついにシルベルタル――最古の【悪魔公】が本気になった。
さすがに、もう油断はしてくれないよねぇ……。
「――畏まって参れ。【八百万灯火】――」
それは……名前? その瞬間、シルベルタルと重なるようにその背後に巨大な光――ううん、太陽そのものが出現したように強い光が出現する。
この力……この威圧感……まさかこれって、……いや、待って、あり得ないでしょ、こんな……なんで悪魔とこれが……
「お主も分かるか? さすがに妾とてコレと融合は出来ておらんが、【八百万灯火】の【名】を与え、妾の眷属となった、【光の精霊王】よ」
「……っ!」
やっぱり……でもそんなのあり得ない。
同じ精神生命体でありながら【悪魔】と対極である【精霊】……その最高位であり、この世界が生まれたと同時に発生した、たった六種、六柱しかいない精霊達の王。
その中の一柱……この世界の【昼】を支配する【光の精霊王】……。
なんで……精霊王が悪魔に従っているのよ。
もしかして、この世界から“夜”を無くすって……
「お主も見たであろう? 教国の夜がほぼ無くなっていたことを。さあ、名残は尽きぬが、妾の自慢話ばかりではつまらんであろう? そろそろお別れじゃ」
片腕を失い、顔の半分が焼き爛れていても、彼女は妖しいまでの美しさと力に満ち溢れていた。
絶対なる強者――シルベルタルが私に白い指先を向けて少しだけ動かすと、光の精霊王から灼け付くような光が放たれ、
「………」
私は最後に指先を弾くと、精霊王の光は欠片も残さず私を焼き尽くした。
*
最後にユールシアが指で弾いた針のようなモノを、シルベルタルはつまらなそうに首を傾げるだけで躱す。
「彼奴のことじゃ、最後に何かしてくるかと思うておったが、些か拍子抜けじゃのぅ」
生まれて瞬く間に悪魔の上位存在となり、自分に痛手さえ与えた奇妙な悪魔。
出来れば自分の配下に収めたかったが、【魔獣】の属性もある故か、少々“娘”とするにはお転婆すぎた。
「まぁ仕方なかろう。エタンセルやネージュも、あと数百年もすればあの位にまで昇れるじゃろ。あそこまで奇妙になるかは知らぬがな」
ピシ……ッ!
「ほほぉ……」
突然背後から聞こえてきた音に、シルベルタルが愉しそうに振り返る。
「此奴が来ておったか。それにしても気付いていながら助けを求めんとは……ほんに奇妙な奴じゃったな」
背後の空間に刺さった“針”から無数の罅が奔り、それを突き破るように、巨大な漆黒の獣――【暗い獣】凜涅が飛び込んできた。
『貴様ぁああっ! 約束を違えたかっ! ユールシアをどこへやったっ!!!』
全身から暴力的な力を撒き散らし、凜涅が血を吐くような叫びを上げる。
「彼奴が妾の手を払ったのじゃから、仕方なかろう? 妾とて努力はしたのじゃ。人の子との契約でもなし、悪魔と悪魔との口約束じゃ。妾の顔に免じて、まぁ許せ」
半分焼け爛れた顔で朗らかに笑うシルベルタルに、リンネが怒りの咆吼を挙げた。
『許さんぞ、シルベルタルっ! ここで滅ぶがいいっ!!』
「良かろう……【暗い獣】よ。我が領域で妾に勝てると思うなっ」
***
「……主……様?」
ユールシアの従者達は、シルベルタルのメイド達によって教国の外にまでバラバラに跳ばされていた。本来ならそのメイド達も一緒のはずだが、最後に抵抗をして同じ地点に跳ぶことだけは避けられた。
そのまま即座に主の下へ戻ろうとした四人は、その途中で母であり創造主である主、ユールシアの“消滅”を感じた。
『……ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
深い森に悪魔の慟哭の叫びが響き、四人の大悪魔の姿がその本性である異形へと変貌していった。
そして……大悪魔達による教国への復讐が始まる。
次回、弾三章ラスト エピローグ。
本日中に投稿したします。





