3-21 狂気の戦場 前編
第三章も残り三話です。
本日中、夕方に『後編』、夜に『エピローグ』を投稿いたします。
かなり大きな分岐点となります。ご注意ください。
シルベルタルの顔から表情が静かに消えて、光を灯さない真っ黒な瞳が私を見ると、口元だけが耳元まで吊り上がる悪魔の笑みを浮かべた。
「ほんにお主は良き“悪魔”じゃな。良かろう、妾が躾けてくれるわ」
シルベルタルの波立つ漆黒の髪から光沢が消えて孔雀のように広がり、私を包み込もうとした瞬間、私も紅水晶の牙を剥き出すようにして顎を開く。
「――『轟雷』――」
召喚して吐きだした、この大陸全域で発生中の雷が『息』となってシルベルタルの闇を弾き、神殿と王宮を揺るがせた。
それを合図として、私とシルベルタルの従者達が同時に動き出す。
ギギギギギギギギギギギギ………
周囲が一瞬で凍結し、腐りかけたテーブルセットとテラスの一部が塵となって崩れる中、その中央にいる狼の耳と長い尻尾を靡かせた銀髪メイド悪魔ネージュに、ねじれた山羊の黒角を生やしたニアが一瞬で斬り込み、【吸収】の能力で凍気を相殺する。
「ユールシア様の邪魔はさせない」
「やりなさい。出来るなら」
顔を顰めて黄金剣を振るうニアに、無表情なネージュの冷たい美貌は揺るがない。
ニアの黄金魔剣とネージュの氷の爪がぶつかり合い、城を震わせるような衝撃にもお互い怯むことなく、恐ろしい速度でお互いにまた刃を振るった。
ガキィンッ!!!
「あなたが気に入りませんね」
「奇遇ですね。わたくしもですわ」
一瞬で意気投合した金髪メイド悪魔レヨンと同じく金髪メイドのティナが、互いに悪魔の本性を剥き出しにして、いきなり防御も無しにガチの殴り合いを始めた。
ガンッガンッガンッガンッ!!!!
巨大なハンマーを岩の塊に叩きつけるような轟音と振動が響き渡り、互いの拳が相手の顔にぶち当たって二人してのけぞると、無数のヘビと化したティナの髪がレヨンの喉笛を襲う。
不機嫌そうな顔の銀の牙で一瞬でヘビを食い千切ったレヨンは、数千本の刃と化した金の髪でティナに反撃し、ティナは白目まで真っ赤に染まった赤目で、全ての刃を石化して見せた。
「「生意気っ」」
真っ黒な塵のような羽虫の群のような黒雲を纏い始めた浅黒い肌のニュイに、透明の獣が襲いかかり、黒雲を抉るように食い千切る。
「へぇ…」
チラリと見上げるニュイの瞳に映るのは、朗らかな笑みを浮かべた白い髪のメイド少女ファニー。
「ねぇねぇ、私と遊んでー」
「おお、それはボクもお願いするッス」
笑顔のままファニーの顔が硬質の“道化師”の仮面に変わり、ニュイの浅黒い肌を覆うように蠢く黒い塵が、眼を除いた顔面まで覆い隠す。
「アハッ」
見えない獣の牙がニュイの腕の肉を食い千切り――
「キャハッ」
黒雲が羽虫の群にようにファニーに触れて、触れられた肩の肉が弾け飛んだ。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
二人は互いに抉りあい削りあい、ケタケタと愉しそうに笑い声を上げた。
「「…………」」
巨大な山羊のねじれた黒角を生やした執事悪魔ノアと、豪奢な赤い髪をゆらゆらと靡かせたエタンセルが、距離を挟んで薄笑を浮かべながら対峙する。
互いに動かない。だが何もしていない訳ではない。その証拠に何度か二人の間で何かが破裂するような音が響き、その度にどこかの空間が歪んでいた。
「そこをどいていただけませんか?」
「殿方がそんな慌てるものではありませんわ」
年上女性の余裕のようなものを見せてエタンセルが優しく微笑む。
ノアは王宮の奥から、ローズと同等程度の大悪魔が数体迫っていることに気付いていた。それを察したギアスと恩坐が迎撃に向かい、二人とも強者との戦いに慣れてはいるが、同じクラスの敵を倍も相手にして長く耐えられると思えない。
「開け、【失楽――」
ノアが【失楽園】から配下の悪魔達を呼ぼうと鍵を天に掲げ――
ダンッ!
現れた扉は、エタンセルが片足を踏み鳴らすと同時に爆発するように砕け散った。
「それはいけませんわ。ごめんあそばせ」
「――『射貫く光在れ、輝聖弓』――」
私の声に、シルベルタルの周囲に数百もの光の矢が浮かび、一斉に撃ち放たれた輝聖弓の矢は、シルベルタルの広がる黒髪に吸い込まれて全て消えてしまった。
「おお、おお、綺麗じゃのぅ」
シルベルタルは全力の輝聖弓をその場から一歩も動かず軽く受け流して、喜色に満ちた顔で辺りを見回す。
「者共、邪魔じゃ。妾がユールシアと遊べんではないか」
「「「「はい、シルベルタル様」」」」
それまで私の従者達と戦っていたシルベルタルの四人のメイドが、一斉に軽やかな声で彼女の声に応えた。
「あなた様は、わたくしがご案内させていただきますわ」
「貴様っ」
ノアの張った魔力防壁を苦もなく一瞬で飛び越え、飛び退こうとするノアの肩に軽く指先で触れたエタンセルは、ノアごと霞が消えるようにどこかへと転移していった。
「それじゃ、あんたはボクが連れて行くッス」
蠢く黒い塵を全身に纏わり付かせた地を這う虫のように這い寄ると、それを避けるように空へ転移したファニーの背後へ黒い塵となって集まり、背後からファニーの両腕を掴む。
「行くッスよ」
「どこに――」
ファニーが漏らした声の途中で、二人の姿はかき消えるように消えていた。
ガンッガンッ!!
そのさらに上空で殴り合う金髪のメイド悪魔達。その片方、レヨンが突然無防備で突っ込むと、ティナのヘビに全身を絡まれながらも不満そうに刃の髪でティナの身体を突き刺し、さらにど突き合いながらどこかへ転移していった。
最後の一組、ニアとネージュが高速で移動しながら剣戟を続けていた。
極低温の凍気と狼のような動きと爪でニアを翻弄するネージュ。ニアも【吸収】とやたらと頑丈な黄金魔剣で凍気と爪をいなしていたが、反撃には容易に移れない。
「面倒。えいっ」
「お互い様です」
気合いの抜けた声のニアの斬撃を無表情のままネージュが受け流し、一瞬――ほんのわずかに体勢が泳いだニアに、ネージュが氷の狼のような姿になり、ニアを連れ去ろうと吹雪の竜巻で包み込む。
「………」
ニアは【吸収】でそれに耐えていたが、眉を八の字にした情けないしかめっ面になると、その瞳を一瞬私に向けた。
ヒュンッ――
そして何かを投げつけると、二人の姿は煌めく氷の結晶を残して消えていた。
――パシッ。
「…………」
私は投げつけられたニアの黄金魔剣を片手で掴み取る。
……掴み損なわなくて良かったわ。
もう四人の気配どころか、お城の奥で戦っていたギアスや恩坐くんの気配も敵の大悪魔と消えている。まだ生きているのは分かるけど……。
「これでゆるりと遊べるのぅ。なに、お主の創った手勢は厄介だとローズに聞いていてな。ユールシアの【固有亜空間】を封じさせてもろうた」
「あ、そう」
悪魔の固有亜空間。数千体の特殊悪魔の軍勢を有する私の城――【失楽園】…
まぁ、『私の』じゃなくて、私が垂れ流している魔力をニアが【吸収】でせっせと集めて、ノアの【放出】で勝手に創ったものだけど、それでも『私の』と言われたら間違いじゃない。
エタンセルにあっさりと封じさせておいて『厄介』とか、本当に良く言うよ……。
私が魔改造して数百年生きた悪魔達と同等以上の力を有する彼らだけど、それでも戦っていたあの四体――特に赤髪のエタンセルと銀髪のネージュは、すでに【大悪魔】の枠組みからはみ出て、私やあの【悪魔公】…ヒ…ヒラ……平幕三役の足下に迫るほどの力を持っていた。
でも本当にやってくれたね……シルベルタル。まさか、開始数秒で従者全員から引き離されるなんて――
「なんじゃ、お主、嗤っておるのか?」
「ええ、シルベルタル。……愉しいわ」
私の全身から教国を震わせるほどの“威”が放たれ、彼女に会ってからどんどん悪魔寄りになっていく精神が、私の顔に笑みを浮かび上がらせる。
私の中の【魔神】と共にある【魔獣】の残虐性が、全力を出せる喜びに打ち震えて高笑いを挙げていた。
「――『輝聖槍』――」
「おおっ」
私が数本の光の槍を生みだしてシルベルタルに放つと、シルベルタルは喜色の滲んだ声を上げて床に広がる黒髪を靡かせ、対悪魔用兵器【輝聖槍】をすべて包み込んで、またあっさりと消し去った。
「おぉおぉ、やはりユールシアの力は綺麗じゃのぅ。だが、その力の放出だけで下々の人間共が怯えておるわ。ここは、妾の“固有亜空間”を使わせてもらうぞ」
「『輝聖弓』っ!」
やばい、そう感じた私が上空へ飛び上がりながら【輝聖弓】の数千本の光の矢を雨のように撃ち降らせると、シルベルタルは初めて攻撃を防ぐように片手を上げて、静かに呟いた。
「開け――【地獄門】――」
無限に広がる漆黒の髪――
シルベルタルの波立つ黒髪が、世界全てを覆うように広がる。
気が付くと――明るかった教国の空は、暗い雷雲が立ち込め、世界は光沢のない波のように、蠢く毒虫の群のように、月のない夜の海の如く、果てしなくどこまでも広がっていた。
世界には二人きり――
黒の海に立つ、シルベルタル。
黄金の翼で空に舞う私の二人きり……。
「ようこそ、ユールシア。ここが妾の固有亜空間――【地獄門】じゃ」
私はそれに応えず、ニアから最後に受け取った黄金魔剣を片手に構え、横薙ぎに一振りしてシルベルタルの声の名残を振り払った。
『ニャ』
絶望的な戦い……なんだよなぁ。
夕方に次話を投稿します。
次回、『狂気の戦場 後編』
どうでもいい解説。
ニアの黄金魔剣は、主人様の声で『ニャ』と斬撃音が鳴るニアの宝物ですが、その度に主人様の顔が引き攣るので、普段は根性で音を抑えています。





