3-18 女王シルベルタル
少々長めです。
シルベール教国では治りにくい人々を救い続けて一ヶ月が過ぎ、私はとうとう14歳になりました。私もあと一年で成人と呼ばれる年齢になります。
私も随分大きくなりましたよね。身長も163センチになって……去年からあまり成長していない? もしかしてそろそろ身長止まりそう?
やだなぁ……最低でもあと5センチは欲しいんですけど。いや、まだ大丈夫。14歳だからまだ色々と成長できるはず。……ティナ以外。
現在私は、教国の王都から馬車で十日ほどの場所にある副都の一つ、とある侯爵領におります。
え? ジーノから会談の申し込みがあっただろ、って? もちろん、困っている病人や怪我人を放ってはおけませんから、放置していますわ。
そろそろ女王も焦れてきて、ジーノに私を王都に呼び戻すように指示を出したり、その女王を出し抜きたいジーノが、私が14歳になると同時に劇的な婚約発表とか企んでいると思いますけど……。だって、私を教国に呼び出しておきながら会わないとか、舐めたことをしてくれた女王の予定に合わせるなんて、まっぴらごめんです。
「あはは、ユールシア様、嫌がらせがちっちゃい」
「ふふふ、小さな事からコツコツとやるのが大事なのよ、ファニーちゃん」
まぁ、確かにコツコツと嫌がらせをする【魔神】なんて居ないと思うけど……。
侯爵領にある高級宿の最上階を借り切ったスイートルームで、そんなたわいのない話をしながら優雅にお茶を飲む。
さすが高級スイート。一泊大金貨三枚は伊達じゃなく、内装や家具も王宮並みで、専属の使用人三名と専用調理室に専用調理人が24時間待機してくれている。
確かにお金はあるし、格に合った部屋を用意してと言ったけど、そんなパカパカ使ってたら幾らあっても足りない。そんなことをホテルを用意したノアに言ったら、ニヤリと笑って、現在も資産は増えていると教えてくれた。
何が起こってるんだ……
今この無駄に広い部屋にいるのは私とファニー、そしてふかふか絨毯の上を転がっているテディベアのギアスのみである。ついでに厨房でマルク少年が修行中。
他のみんなは外回りの営業中だけど、どうせ悪巧みしているノアは、ある意味悪魔らしい信頼があるからともかく、ティナとニアは何をしているのか全く想像が出来ない。
一番分からないのは、ウサギさんである恩坐くんだけど、部屋に備え付けのバーカウンターの高級なお酒を見て落胆したように首を振っていたから、今頃、労働者向けの安酒場でアルコールっぽいギリギリ酒を呑んでいてもおかしくない。
何故、あんな動くウサギのヌイグルミが、安い酒場で労働者達と意気投合したように酒盛りできるのか意味が分からない。
おや? 誰か戻ってきたみたい。
「ユールシア様、ただいま戻りました」
「お帰り、ノア。それで何か進展はあった?」
「はい、公式な面談希望が二件。非公式なものが三件となります。私のほうで予定を立てても宜しいですか?」
「ええ、お願いね」
ニヤリと笑うノアに私もニヤリと返す。……えっと、返してはみたけど、多分、私に擦り寄ってきた貴族でいいんだよね?
まぁ、私も“悪魔”らしいところをお見せしますか。
***
最近、教国を賑わせているタリテルド聖王国の親善大使、ユールシア公女。
王弟である大公爵の父を持ち、本人も王位継承権を持つ、魔王を退けた聖女として、彼女を知らない者はまず居ないと言われる、この大陸でも最も有名な人物の一人だ。
同時にその影響力ゆえ危険視されているが、本人だけを見るのならまだ14になったばかりの成人さえしていない小娘だ。
確かにその美しさは正しく“黄金の姫”に相応しい、息をするのも忘れるほどであったが、美しさなら教国の現女王も引けは取らない。
ただ美しいばかりの『お人形』で、伝え聞く偉業も大袈裟に伝えられた聖王国のプロパガンダであろうと教国の貴族達は高をくくっていたが、彼女は聖女の慈愛を与えるように教国各地に赴き、教国の治療師さえ匙を投げた死を待つばかりの患者達に貴賤なく大いなる癒しを与えた。
しかも彼女は一日に何百人も癒しながらその対価に何も求めず、正しく聖女であろうその行いに、聖王国に批判的だった者達は声を封じられ、民は彼女を讃えた。
ただそれだけならば、お人好しの聖女めと、利用しようとするものが押し寄せ、彼女を疎む者は罠を掛けようと企むはずだが、それは何故か起こらなかった。
ユールシアを疎むある貴族が彼女の名を貶めようと、癒された患者を毒殺しようとしたことがあった。だが、その貴族が放った手の者は誰一人帰ることなく、彼女を利用しようと近づいた者は、次の日には彼女の従順な“信徒”と化した。
そして彼女の名声が教国内で高まると同時に、第一王子であるジーノとの婚約の噂が囁かれ始め、ユールシア公女殿下こそが次代の“教国女王”であるとの話が聞かれるようになった。
そうなればこれまで一定の距離を保っていた上級貴族も動かざるを得ない。
彼女は所謂、芸術品のように美しい諸刃の剣だ。下手に触れれば手を切り裂き、されど手をこまねいていれば、みすみす利権を逃すことになる。
しかも彼女を利用しようとした者達を見る限り、その刃には毒がある。
女王が住まう王都を抜かした、教国に十ある副都の一つ、教国最大のリゾート地であるスカラ領の領主スカラ侯爵は、数日前より領内の高級リゾートホテルに滞在するユールシア公女に面談を申し込んだ。
通常、貴族が他の貴族領を訪れたのなら、最初に領主へ挨拶に来る。
それが格上の貴族なら領主が出迎えに出ることもあるが、教国から付けられた案内役が挨拶に来ただけで、ユールシア公女は真っ先に歓迎する民に導かれるように治療院を訪ね、そのまま侯爵を無視するようにホテルへ入っていった。
相手が他国の王族で親善大使なのだからスカラ侯爵から挨拶をするのが筋だが、彼女は成人すらしていない、現状は大公爵の息女にすぎない。
しかも貴族同士の挨拶をしないのなら、この領内でスカラ侯爵の保護を全く必要としないと公言するようなものだ。
生意気な……と憤ってはみても、スカラ侯爵にユールシア公女との面談をしないという選択肢はなかった。
面談を申し込み、その執事から返ってきた答えは、スカラ侯爵から指定された日時に会いに来いと言うものだった。
せめてもの意地で腕の立つ騎士を十名ほど連れて行ったが、ユールシア公女の従者は皆、【英雄クラス】を揃えているのか、出迎えた少女騎士と少年執事の無言の威圧に、騎士達は誰もホテル内へ立ち入ることが出来なかった。
「お初にお目に掛かりますわ、スカラ侯爵様。早く癒しを差し上げたい方々がいらっしゃいましたので、申し訳ございません」
「い、いえ、とんでもないっ、公女殿下っ」
憤りも侮りも、彼女の笑顔一つでさらさらと崩れ、それ自体が仄かに輝くようなその美しさに、スカラ侯爵は年甲斐もなく胸を締め付けられるような高鳴りを覚えた。
ただ一人入室を許可された腹心の従者が小さく咳払いをしなければ、そのまま魂が抜かれるまで見つめ続けていたかもしれない。
それと同時にスカラ侯爵はゾッとした。この目の前の少女に、教国女王と同質の何か大いなるものを感じたからだ。
彼女に名声と力があっても、ジーノ王子に御されるただ綺麗なだけのお飾りのお人形なら何の問題もなかった。
それならば、ジーノ王子の派閥に付き、ユールシアを次期女王とする為、全面的な後押しをしても良いとさえ考えていた。
だが、その綺麗なお人形が、女王と同質の力量を持っているのなら話は違う。もし彼女が教国の王女であったなら、命を掛けてでも彼女を女王に押し上げただろう。だが、ユールシアは仮想敵国の王族なのだ。
この姫を優秀なだけのジーノ王子が御せるはずがない。
スカラ侯爵は、教国の上級貴族の一員として、そして教国の女神である女王の信奉者として、ユールシアを見極めなくてはいけないと心を決めた。
「……公女殿下。あなたは教国で何を為そうとしているのですか?」
最悪は女王と教国の為、この場で彼女を害する決意で尋ねる侯爵に、ユールシアは柔らかに微笑む。
「わたくしは、教国の民が幸せに暮らせるように願っていますわ」
「……そこに聖王国の意思はないと?」
「お互いに手を取り合えれば良いけれど、それはまた難しいのでしょう?」
「そうですな……」
ユールシアの微笑みと声が、スカラ侯爵の決意をガリガリと削り取る。
「実のあるお話を致しましょう」
「…………」
ユールシアのその言葉にスカラ侯爵は真意を確かめようとしたが、頭に霞が掛かったように上手く動かない。
スカラ侯爵は独自の情報網を使い、判明した前第一王女の【魅了】に対抗する研究をさせ、ある程度の抵抗手段を講じている。だがユールシアの声に対抗魔術は何の反応も示さず、じわじわと魂に侵食するように染みこんできた。
「わたくし、“教国”に思うところはございませんわ。教国の行く末は、ジーノ殿下やスカラ侯爵様のように、国を思う方が決めること。そして、それにお力を貸す者は、もっとも相応しい人物であることが理想的だと思いませんか?」
「そう……ですな……」
その声に頭が霞み、背後で侯爵が最も信頼する部下が、立ちくらみがしたように膝を突いた。
「ねぇ、スカラ侯爵様」
いつの間にか対面のソファーに座っていたはずのユールシアが、スカラ侯爵の側で彼の頬に手を添え、その瞳を覗き込む。
「お嬢様のエヴァ様も、わたくしを信じて下さいましてよ」
「……っ」
ユールシアの言葉に、スカラ侯爵が息を飲む。
一人娘のエヴァは普段の生活に問題はないが、何か一生に関わる病を患っているらしく、母親である夫人は首を振るだけで、男性には知られたくないと教えてはくれなかったが、そのせいで婚約者さえ決まらないという。
もしや、目に入れても痛くない愛娘の病を癒やせるのか? いや、その娘が信じているというのならすでに治っているのかもしれない。
いつの間に娘のことを調べ、いつの間に娘と会ったのか?
その手腕に舌を巻くと同時に、それ以上に目前にあるユールシアの慈愛溢れる微笑みを見て、女王と同質であっても、冷淡な部分が垣間見える女王と違い、正に聖女であるユールシアになら全てを託しても良いと、侯爵は涙ながらに彼女の手を取った。
「どうか……どうか、娘と教国を…お願いします」
「ええ、承りましたわ」
スカラ侯爵は従順を示すようにユールシアの前に跪き、彼女の手を両手で握り、その額を手に付ける。
面談は穏やかに終わり、持ち直した従者と部屋を辞そうとするスカラ侯爵に、最後にユールシアが声を掛けた。
「ついでに……頭皮も癒されますか?」
***
いや~~、ついでだと思って、スカラ侯爵の輝く頭皮に闇をもたらそうかと申し出たら、五体投地で私を拝んでから、スキップするような足取りで帰っていきましたね。
最初は私の顔見た瞬間に心不全を起こし掛けてびびったけど、その後はすんなり纏まって、何故か知らないけど、これから信者を増やすと言ってましたね……。また寄付金が増えるんでしょうか。
「ねぇ、ティナ。昨日会った女の子が、あの人の娘さんでいいんだよね?」
「間違いございません。主人様が胸をアツくする秘術をお与えになった方です」
何故か誇らしげに語るティナ。
ティナがどこから連れてきた『あなたの胸をアツくする聖女の会』会員さんの女の子に癒しを掛けたけど、それでスカラ侯爵が信用したのなら、よっぽど悩んでいたのね。
ちょっとやりすぎた……か?
なんか家族全員で私の信者になりそうな勢いだったけど、いいんでしょうか?
これで副都十都市の内、三つの副都を収める上級貴族家が私の側に付きました。
さすがに現状だとこれ以上は難しいかな。あとはジーノ君の手腕に期待したいところだけど、女王との謁見を無視しすぎてそろそろジーノ君から怒鳴られそう。
その日のうちにスカラ侯爵領のリゾート地から出て、王都に向かう。
でも案の定、痺れを切らしたジーノ君が高速馬車で迎えに来て、途中でそちらに乗り換えた私は、苦虫をダース単位で噛み潰した彼と差し向かいで王城に直行することになりました。
「私の計画にはあなたの協力も不可欠なのです。私とあなたの仲を女王に認めていただくには、まだ準備が足りません」
随分とジーノ君は私に遠慮がなくなってきましたね。
おそらくは、それほど自分の能力に自信を持っている。教国の為に恋しい私と一緒になり、共に教国を盛り立てていく。……そんな『甘い嘘』を私が信じてくれていると本気で思っている。
「あら、そうは申しましても、女王陛下もそうですが、民に受け入れていただくのが大事ではございませんこと?」
「それはそうですが……、私達を認めてもらえないのなら、それなりに強く出られる理由が必要なのです」
それは例えば、軍事力……とか?
引き攣りそうになる顔を無理矢理笑顔で隠して甘い顔で囁く彼に、私は言葉には出さずに軽い笑みで応えた。
ファニーが言うには、彼の能力はエステルちゃんとはまた違った精神干渉タイプの能力なんだそうです。暗躍するのに良さそうね。どちらかというと補佐タイプで自分が主軸になるには少し弱い。その分、警戒はされにくいんだけど。
女王は人間の能力を引き出すことが出来る。そりゃある程度の悪魔なら契約次第で力を引き出すどころか新たな能力を与えることも出来るけど、ジーノ君で実験した結果、彼にそう言った形跡は見られなかった。
しかも異世界テスで見たスキルシステムに近い能力の発動……。ここら辺が女王シルベルタルの力の秘密かもしれない。
「あなたが派手に動いたことで、私の準備が整う前に女王からあなたをお連れするように命を受けました。ここは挨拶だけで早めに引き下がるのが得策でしょう」
ジーノ君の望みは女王から権力を奪うこと。それが『契約』だから私も出来るだけの協力はしますが、あくまで『出来るだけ』の範囲でしかありません。
悪魔の契約は絶対ですが、竜の心臓が欲しいとネズミに訴えられても、ネズミ一匹の人生全てを賭けても悪魔はネズミと竜が出会えるように計らうことしか出来ません。
だから私はジーノが安心できるように穏やかに微笑む。
「大丈夫ですよ。わたくしにも考えはありますから」
「……お願いしますよ」
人間は大変ね。人生を賭けた一世一代の舞台で懸命に踊っている。
私とシルベルタルは、その盤上に自分の駒を置いて、互いに奪い合う。
まぁ、格好つけてみたけど、ぶっちゃけ女王に嫌がらせしているだけなんだけど。
さすが王族専用の魔導機構を積んだ高速馬車は速くて、数日で王都に到着するとそのまま休憩もなく王城の奥、女王が住まう神殿へと足を踏み入れた。
一般の貴族はおろかジーノ達王族でさえ許可なく入れない巨大な扉門の前に立つ人間の騎士が、一緒に入ろうとしたノア達従者を止める。
「申し訳ございません、こちらは許可された方だけが……」
「かまいません。お通ししなさい」
そんな女性の声が聞こえると、巨大な門がゆっくりと開き、中から四人のメイド服を纏った女性達が姿を現した。
「お待ちしておりました、ユールシア様。こちらへお越し下さい」
鮮やかな赤い髪をした二十代前半の綺麗な女性が、笑みを浮かべて私にだけ向けて頭を下げた。
ストレートの銀髪を軽く結い上げた、冷たい印象の無表情な十代後半の女性。
黒い髪に浅黒い肌の、小悪魔っぽい笑顔を浮かべている幼い印象の少女。
金の髪をきっちりと結い上げ、神経質そうに不機嫌な顔を隠さない、眼鏡の女性。
全員が目を見張るほど美しく、その四人のメイド達に無視されたジーノが顔を歪め、私はそれに気付かない風に一歩前に出る。
「お名前を聞かせてもらえる?」
「わたくしはエタンセルと申します」
「ネージュにございます」
「私はニュイでーす」
「……レヨンです」
「そう。案内を頼みますわ」
「かしこまりました」
私が軽く頷くと赤い髪のエタンセルが頭を下げて奥へと歩き出し、残りの三人が後に続く。
……彼女達……【大悪魔】だ。
しかも相当の年月を生きた強大な個体で、おそらくはシルベルタルの側近でしょう。あきらかに同じ大悪魔でもローズなんかとは格が違う。
その力量を感じ取ったのか、音もなく近づいてきたティナが、緊張感溢れる悔しそうな声で私にそっと囁いた。
「主人様……この中で一番大きいのはファニーです」
「……あ、そう……」
ティナ……あなたの存在は癒しだけど、さりげなく私をそっち側に含めないで。
私達は四人のメイドに案内され、10メートルもありそうな石の柱が並ぶ通路を進むと、開けた場所にすでに呼び出されていたのか、仏頂面のアクセルと、青い顔をしたローズがすでに居り、最奥の十段ほどの階段の上に、緩やかに波立つ長い黒髪に黒い瞳のおぞましいほど美しい女性が、私だけを見つめ見下ろしていた。
「会いたかったわ……。【悪魔公女】」
「ええ、私もよ………。【狂乱公女】」
出会えるまで書こうとしたら少し長くなりました。
次回、シルベルタルとの駆け引き。





