3-19 狂気の唄 前編
悪魔同士のコワイ会話。 こちらは前編になります。
「お、おいっ、お前っ!」
シルベール教国の【女神】である女王シルベルタルとの謁見で、私が女王を呼び捨てにした事に第一王子ジーノが目を剥き、第二王子アクセルが思わず声を上げた。
けれど、私の従者やシルベルタルのメイド達どころか、第一王女のローズさえも眉ひとつ動かさない中、女王がわずかにその真っ黒な瞳だけをアクセルに向ける。
「う……」
何か声を掛けられたわけでもなく、ただそれだけであの気性の荒いアクセルが怯えた子供のように押し黙った。
「ここだと暗いのぅ。ユールシア、テラスへ参れ」
「ええ」
シルベルタルがそう言って歩き出し、その後に四人のメイド達とローズが続く。
私も軽く頷いて従者達とそちらに進み、その数秒後に硬直していたジーノとアクセルが慌てて小走りに追いついてきた。
「……お、おい」
「……ユールシア姫…」
シルベルタルの背中が見えているから、やけにちっちゃな声で二人が私に声を掛けてくる。まぁ、王子達を無視して、女王と他国の王女がいきなり示し合わせたように動き出せば混乱もするよねぇ。
私が軽い冗談でも、一言声を掛けてあげられれば良いけれど、私のほうもそれほど余裕があるわけじゃない。
……久々にゾクゾクいたしますわ。あの【悪魔公】ヒラ…ヒラ……ヒラメ顔とは比べものにならない、ただ歩いているだけで全力のリンネとほぼ同等の圧力を感じる。
それにあの四人のメイド達ほどじゃないけど、他にも暗がりからローズ級の大悪魔の気配を数体ほど感じた。
やっぱりシルベルタル級の悪魔だと、配下の大悪魔も十数体じゃすまないか。
【狂乱公女】シルベルタル。
魔界最古の【悪魔公】三柱の一柱。
人類発祥以前から存在する正真正銘の化け物。
……らしいですよ。なんでこんなのが、ホイホイと物質界に出てきちゃってるんですかねぇ。
ま、いいか。色々と喧嘩を売られまくってるけど、どうもハッキリと私を排除しようとしているようには思えないその理由も、彼女が語ってくれるでしょう。多分。
床も天井も壁も鏡のように磨かれた石造りの広い通路を抜けると、教国の王都とそれを囲む広い森、そして遠くに霞みがかって見える周辺領の街並みまでも見渡せる、光溢れる広いテラスへと到着した。
……登っている感覚はなかったのに、いつの間にかあの背の高い城の、尖塔の部分にまで上がっていたらしい。
そのテラスに白金の針金を細かく編み込まれたテーブルと、同じような椅子が二脚だけ向かい合わせに用意されており、シルベルタルの椅子を銀髪メイドのネージュが引いて、赤髪メイドのエタンセルがもう一つの椅子を引いて私にニコリと微笑みかけた。
シルベルタルと私が同時に椅子に腰を下ろし、黒髪メイドのニュイと金髪メイドのレヨンが金の装飾がされた白磁器のティーカップに黒いお茶を注いでいく。
「人間もこのような物だけは良い物を作るのぅ。ほんの少し前まで、石で骨を叩き割っておったのに」
シルベルタルが目を細めてカップの縁を指でなぞる。ほんの少し前って……何万年前ですか?
そんな私達の様子に、座る椅子さえ用意されなかったジーノやアクセルが困惑気味に立ち尽くしていた。
「あら、それまではどうなさっていたの?」
「なに、今と変わらん。何しろ、人の世の文化は、妾が人共に与えてやったものじゃからな。もちろん、ユールシア。お前の前の世界も同様よの」
「へぇ……随分とお詳しいようで…」
ここや地球を含めた複数の世界に文化を与えた……? 色々な世界が似たような文化を持っているのは、こいつのせいかっ。
しかも私の前世のことも知っているとか、油断する暇もない。
しかも、ここには人間もいるのにそんなこと言っちゃうの? 思わず苦笑してしまう私に、シルベルタルは目を細めながらふわりと笑う。
「ユールシア、愛らしいお主のことなら何でも知っておるぞ」
「それはどうも……ふふ」
あかん。これは笑うしかないわ。
「それはそうと、ユールシアも随分と妾の庭で遊んでくれたようだの?」
「お庭? あら、ごめんあそばせ。てっきり牧場かと思っていましたわ」
「そうよの。牧場と言うより、農園かの。ユールシアの庭も良いものが採れるそうじゃが、妾の庭も捨てた物ではあるまい。摘まんでみたか?」
「少し、味に深みが足りないのではないかしら……」
教国は、シルベルタルを女神と仰ぎ、とても良いものが育っているけど、少々肥料が人工臭い。私が素直にそう伝えると、シルベルタルはとても愉しそうに笑い声を漏らした。
「ほほほほほ、それでこそ妾の愛らしい子じゃの。やはり遊技は“同格”の相手でなければ愉しくないわ」
良く言うよ。確かに【悪魔公】と【魔神】は同格だけど、シルベルタルと私とでは、力そのものに明確な“格差”が存在する。
聖王国を襲ったのも、私が教国を侵食したのも、シルベルタルにとってはただの愉しい遊技でしかないみたい。
「お主の庭は美味そうじゃが、どうして前の世界を喰らわなかった? せっかく戻ったのに、大して喰らわずに何故に戻ってきた? 程良く腐って喰い頃だったであろう?」
「そうね……」
地球は精霊も悪魔も存在できないほど腐りきった魂に溢れていた。あそこまで行ってしまえば、収穫できる庭ではなく、ただの狩り場にしかならない。
私を呼び込んだ【世界】は、多分、悪魔による人類の一掃まで見込んでいたと思う。
でもね――
「ごめん、そこまで深く考えてなかったわ。面倒くさそうだし」
私の言葉に、一瞬だけキョトンとしたシルベルタルがまた愉しそうに笑い出した。
「アハハハハハハハハハハハハハハハッ、そうじゃ、やはりお主は【魔神】じゃの。もう一柱居る【魔神】も、自分の愉しみ以外では何もせん奴だったわ」
えっと……もう一人の【魔神】って、時々私に“電波”送ってくる自称“お兄ちゃん”だよね? 私が【魔神】になったのって、意識が人間に近いから裏技的にそうなったのではなくて、性格が“適当”だからだったのかー。
今更判明した衝撃の事実に、私も思わず遠くを見て黄昏れそうになる。
「やはりお主は妾の見込んだ通りの子よの。ユールシア。お主は妾の後の女王となり、女神となってこの国を――いや、この世界を治めるがよい」
「………はぁ?」
唐突なシルベルタルの申し出に、思わず聞き返した私は悪くない。
何言ってんだこいつ……? そう思ったのは私だけではなく、これまでシルベルタルの威圧に押されて、悪魔同士のぶっちゃけ話を意味も理解できずに立ったまま聞かされていた人間二人が割り込んできた。
「陛下っ! そんな戯れで決めて良い事柄ではありませんっ!」
「そうだぜ、陛下っ。聖王国だって黙っちゃいないぜっ!」
ジーノとアクセルの言葉に、シルベルタルは初めて二人がそこに居ることに気付いたように軽く目を開いてから、口元だけを笑みに変える。
「ジーノ、アクセル、まだそこに居ったか。お主らはユールシアを女王にしようと各々が動いていたのではなかったか? 何の文句があって勝手に口を開く?」
その言葉にジーノとアクセルは、少し驚いて――少し納得したように互いを見た。
二人は自分が王配になって教国を己が物にする為に、丁度いい手駒として私に近づいてきた。まぁ、アクセルは最初、私を見下していたけどね。
「そ、それでは、私とユールシア公女殿下との婚約を…」
「何言ってやがる、ジーノっ! 元々俺が婚約者としてあいつを迎えに、」
「ふんっ、その聖王国で問題を起こして、タリテルドから拒否されたではないか」
「それは、エステルがっ」
「よりどりみどりだの、ユールシア。相手は誰でも良いぞ。この二人でも、お主の選んだ何者でも構わぬ」
「陛下っ!」
「おいおい、冗談は――」
「黙れ」
女王が軽く呟いた、威圧でもない神霊語でもないただの一言で、興奮していた二人が息を止めるように汗まみれで口を噤む。
「それで……目的は何?」
溜息を吐くように声を漏らすとシルベルタルが私に視線を戻す。
「なぁに、ただの遊びよ。人の振りをして治めるには、人の寿命に合わせて合間に適当な者を挟まないと、不自然になるのでな。妾とユールシアが交互に治めれば、人共もおかしくは思うまい」
「なるほどねぇ……」
それならば理解もできなくはない……かな? それなら大悪魔でも使えば良いのに、と思ったけど、その候補がローズだったのか。
だけど、そこに私が現れた。あくまで同格の相手なら、交互に治めている間、人を使い、世界を盤上にして遊技が愉しめる。でも――それだけ?
何か引っ掛かるものがあって、考える為に用意されていたお茶に手を伸ばす。
あ、これ、ボーンチャイナだ。何の骨かはお察し過ぎる。そのまま真っ黒なお茶に口を付けると、程度は良いけど、どこか品のない香りがした。
「……渋い」
「ふむ。そうか。これでもマシになったのだがな。そう言えばユールシアには、面白い料理人がおるとローズが言っておったぞ」
「ええ、そうね。ファニー」
私が呼びかけると、だいぶ警戒しているのか普段よりも大人しいファニーが、亜空間収納から幾つかの焼き菓子を取り出す。
「その彼に作らせた物よ」
「ほほぉ」
料理に特殊効果を付ける能力者、マルク少年に修行させて作れるようになったお菓子を並べると、シルベルタルが面白そうに一つ指で摘まむ。
そのクッキーを口に入れてゆるりと噛みしめたシルベルタルは、ニンマリと顔を歪める。
「これは良いの。のぅユールシア。これを作った者が欲しいぞ」
突然のお強請り。
まぁ、それだけの価値があるから無理矢理雇ったんだけど。
「あら、シルベルタル。彼は高いわよ?」
私もただでくれてやるつもりは毛頭ない。さて、何を求めてやろうかと思ったところで、シルベルタルが先に口を開いた。
「対価は、妾の命か?」
悪魔の笑みを浮かべながら、シルベルタルが私を試すようにそう言った。
あれだけ私を勧誘しておきながら、ここで私がそれを求めたら、即座に私とシルベルタルとの全面戦争が始まる。
「そうね……とりあえず、悪魔の命でも貰おうかしら」
それに対して私は無難な嫌がらせを選択する。
別にマルク少年くらい、くれてやってもいいけれど、シルベルタルがそんな言葉遊びをしたいのなら――
「ふむ」
そう呟いたシルベルタルが軽く指を動かすと、一瞬で引き寄せられたローズの胸にシルベルタルの指がめり込み、
「……え?」
一瞬、訳が分からずキョトンとしたローズから、真っ黒な心臓のようなモノを引き抜き、唖然とした顔で崩れ落ちるローズに目もくれず、シルベルタルはふんわりした笑顔で悪魔の核をテーブルの上に置いた。
「これで良いかの?」
「…………ええ」
ローズの光をなくした瞳が私を映し、私は目の前で笑みを浮かべる狂乱公女をジッと見つめた。
後編は本日夕方に投稿します。





