3-17 教国の聖女
シルベール教国第一王子ジーノは、他の王子や王女と同じく女王に力を見出されて王族となった。
ジーノの生まれは教国でも地方にある準男爵家。しかも愛妾の子であった。
だからと言って虐げられていたわけではない。母親は元々正妻が可愛がっていた乳姉妹の娘で、幼い頃までの記憶しかないが、ジーノは正妻や異母兄姉にも可愛がられていた想い出があった。
そんな穏やかな日々は、ジーノが素質ありと認められ、女王に力を見出された時に終わりを告げる。
ジーノの能力は、第一王女エステルの【魅了】【身体強化】や、第二王子アクセルの【能力解析】【能力強奪】に比べて地味な物だが、新たな女王の王配として外交で有効であると認められて、ジーノは教国の第一王子に選ばれた。
王族となる為の極秘事項として『過去の清算』がある。
まだ幼い子供に何の清算をする過去があるのかと思われるかもしれないが、例えば第一王女となったエステルの場合は、他国である小国の、しかも貧しい村の生まれだ。
王女となり女王候補となる人物がそんな生まれだと知られれば、必ず騒ぎ立て足を引っ張ろうとする貴族が現れ、弱みにもなり得る。
だからそうなる前に、エステルの生まれた村は彼女が認められると同時に、地図から消失した。
それはアクセルも同様で、ジーノの家族である準男爵家もシルベール教国の歴史から無かったことにされた。
ジーノは王族となってもほとんど会うことも無い義母――家族を皆殺しにして存在そのものを消し去った女王に復讐を誓った。
だがジーノの能力は有能ではあったが直接的な戦闘力は低い。使い方によっては並の騎士よりは戦えるが、弟妹達とは比べものにならないほど弱かった。
そして何より自分の能力をアクセルに知られるわけにはいかなかった。
ジーノの能力が有能であると知られれば、アクセルは必ずその能力でジーノの能力を奪っていくだろう。
だからこそジーノは、自分の能力を使い力を隠し、目立たないようにそっと機会が来るのを窺っていた。
ジーノの能力は【真偽判定】と【虚偽】である。
ある程度の制限はあるが、ジーノは嘘を見抜くことが可能で、ジーノの発する言葉はあからさまな嘘で無い限り他者から信用されやすい。
この能力を使い、ジーノは自分の能力を隠し、弟妹の能力をほぼ把握できた。例外があるとすれば末妹第二王女ローズの能力だけは把握できなかった。
おそらくローズも自分の能力を隠している。エステルの影に隠れるように大人しくしていたが、他の兄姉に比べれば女王に呼び出される機会が多く、その度に王女としてまた個人として他国との調整をしている動きが見られた。
決定的な機会が訪れる事がなくジーノが焦れ始めた頃、教国に動きがあった。
この国では女王を女神として信奉する文化があったが、それ故に昔から見えない神を崇める聖王国タリテルドを敵視していた。
だがそれも貴族や政治家などの古い考えの人間や、常に不満を持つ貧民層の者達だけで、見下したり嫌がらせをすることはあっても、代々の女王も動かなかったせいで国として敵対することは無かった。
それが変わったのは数年前からだろうか。
大陸北の大地に住む魔族と魔王から人間社会に宣戦布告がなされた。とは言っても戦火に巻き込まれるのは精々聖王国のある大陸中央までで、南方にある教国の貴族達は、ついでに聖王国が滅びればいいと他人事のように笑っていた。
だが、そこに聖王国から【勇者】【聖女】【聖戦士】が選出され、見事魔王軍を討ち破って北の大地へ追い返し、互いの領土への不可侵が宣言された。
その一番の立役者は、その大いなる慈愛で魔王さえも改心させた【聖女】である、当時11歳の姫で、真の邪悪を追って旅立ち行方不明になってからも、魔王は真摯にその姫との約束を守り続けたという。
それが、その聖女である姫が行方不明になると同時に、女王が動いた。
聖王国の貴族と王弟子息を引き込み、王家と敵対させると同時に、ローズが指揮する特殊な兵達を投入して、聖王国に混乱をもたらそうとした。
女王の意図は分からない。ただ、王家や上級貴族達を殺さないように命じていたことから、何かに対する“切り札”に使おうとしたのではないかとジーノは思った。
だがその作戦も失敗に終わる。
件の【聖女】が聖王国に帰還すると、瞬く間に貴族を纏め上げ反乱を鎮圧してしまったのだ。
いかに聖女としての名声があるとは言え、あれほどの雑多な派閥を帰還したばかりの姫がどうやって纏め上げたのか。
それは、教国の民が女王を信奉するような、聖王国の民が姫を新世界の神として崇めるような不気味さをジーノは感じた。
そして女王候補であるエステルを留学生として送り込み、アクセルとの婚約さえも打診したことから、ジーノは女王が、あの聖王国の姫を教国に取り込もうと考えているのだと考えた。
おそらくはそれほどまでに、聖王国の姫には力が有る。
おそらくはそれほどまでに、女王は彼女を恐れている。
ならば、彼女を取り込むのは教国ではない。自分だ。
そう考えたジーノは、聖王国の姫――ユールシアと積極的に関わり、彼女の心を掴んで、現女王を排除する駒――新たな女王に据えようと計画を立てた。
ジーノの能力によりユールシアはジーノを疑わないはず。
ジーノの求婚を受けて、ユールシアはわずかに驚きを見せた後、少しだけ恥ずかしそうに俯いて――
ジーノはユールシアに“誠意”を見せることを誓わされ、彼女のその控えめな嘘の欠片も感じない美しい笑顔に、心を鎖で締め付けられるような想いを感じた。
***
「―『光在れ』―」
私が神聖魔法を唱えると、難病に冒され死を待つだけだった子供達の部屋に光の天使達が舞い踊り、羽毛のように舞う光の残滓を残して光が消える。
「……痛く…ない」
「動けるっ!」
「目が……見えるよっ」
ベッドから子供達が起き上がり、完全に癒えた身体に歓喜の声を上げた。
「そんな……バカな…」
「奇跡だ……」
「女王の……奇跡が…」
医療関係の人間達が唖然とした顔で立ち竦み、または力尽きたように膝を突く中で、私は子供達にニコリと微笑んだ。
本日も私は案内役のステラにお願いして、教国の医療施設の見学に来ております。
ジーノ君の“誠意”で、この国のほとんどの施設に立ち入れる許可を戴きましたよ。
聖王国だと各宗派の教会が医療関係を賄っていたけど、この国――教国の宗教施設は単純に国民が女王を崇める為の場所で、現代地球の宗教施設に近い感じでした。
では、医療はどこでしているのか?
それをステラに尋ねてみたところ、各地に診療所のような施設があり、そこで薬草を使った錬金術の薬で治療をしているそうです。一応、神聖魔法も使用するけど、聖王国みたいに教会の独占みたいな状況じゃなくて、単なる治療魔法として扱われているらしい。
でも神霊魔法を使える人は聖王国より少なくて、あまり技術も発達していなかった。
そんな状況だから、普通の怪我や軽い病気は聖王国よりも簡単に治療を受けられるけど、重病や身体の欠損なんかはまず治らない。
最初、見学に来た私を、診療所の人達は『宗教かぶれの聖王国の人間に、医療の何が分かるのか』と見下した目を向けて、出来るもんならやってみろ、と死を待つ人ばかりが集められたタコ部屋に連れてこられたのです。
まぁ、結果はご覧の通り。
「あなた達、まだ身体は衰弱していますから、ちゃんとご飯を食べて元気になりましょうね」
「「「はいっ」」」
今までよほど苦しくて辛かったのか、子供達がポロポロ涙をこぼしながら私に向かって手を合わせた。
聞いた話によると女王も似たようなことが出来るそうだけど、全員を癒す訳でなく、定期的に選ばれた臣民を癒す『女神の奇跡』と言うデモンストレーションをしていたみたいです。
まぁ、そんな『女神の奇跡』を私が簡単にやっちゃったみたいですが。
「ステラ、次の案内をお願いしますね」
「は、はい、かしこまりましたっ!」
そんな感じで大きな街の医療施設を廻り、片っ端から治しています。
そんなことを繰り返していると、『聖王国の田舎者が何かやってる』から『聖王国の聖女様が治してくれる』に噂が変わってくる。
そうなると次は……ほら来た。
「タリテルドのユールシア公女殿下とお見受けするっ!」
多分この辺りの上級貴族だと思うけど、数名の騎士を引き連れた豪華な服を着ているおじさんが現れて、大通りのオープンカフェにいた私に声を掛けてきた。
「どちら様でしょうか?」
「この地の領主であるコージュ伯爵であるっ! 是非とも公女殿下のお力で、この使用人の癒しもお願いしたいっ」
こんな人もやってくる。
純粋に助けて欲しくてやってくる一般市民も居るけど、こういう貴族は私が何かインチキしているとか、単純に私を貶めたい為に、わざわざ人の多い場所でこうやって声を掛けてくるのですよ。
そんな人達が連れてくる『患者さん』は、難病や重症で『死にかけ』ならまだマシなほうで、大抵の場合は今回のように、すでに死んでいる患者を連れてくる。
もちろん“いかにも死体”って感じじゃなくて、さっき半殺しにしてから毒をぶっかけました的な死にたてホヤホヤなんだけど、神聖魔法に【蘇生】の魔法は存在しない。
死んで10分以内なら心臓マッサージ的なショックで蘇生出来ることもあるけど、目の前の死体はどう見てもその範囲を超えていた。
「さあさあ、どうですかな、公女殿下。それともやはり、噂は嘘で? おっと、これは失礼いたした」
コージュ伯爵がニヤニヤとしながらわざと周りの人に聞こえるような声で言う。
ここで最初から死んでいると訴えても、私が嘘をついて時間を掛けたせいで死んでしまったみたいに言うでしょう。
「ええ、問題ありませんわ」
ニコリと微笑みながらそう答えると、集まっていた野次馬達から静かな響めきが伝わってきた。
私もね……わざと人目の多いところを選んでいるの。
「―『光在れ』―」
私がそう唱えると、一瞬だけ私の背中に黄金の翼のような幻が浮かんで、その場にいた全員の驚愕の瞳が私だけを映し、光が花火のように飛び散ると――
「……ぅ…あ……」
呻き声を上げながらコージュ伯爵の使用人が動き出し、不思議そうな顔で辺りを見回した。
一瞬の静寂――そして地響きのような野次馬達の驚愕の声。
「バカな……」
唖然としたコージュ伯爵が呻きに似た声を漏らし、微笑む私と視線が合うと顔を真っ赤にして野次馬を掻き分けるように帰っていきました。
そして生き返った使用人も、かすかに緑がかった肌で私に向けて軽く頷き、コージュ伯爵を追っていく。
私は“人”として生き返らせるなんて一言も言ってませんよ?
そんなことを続けて、協力者であるジーノが私の噂を広げていくと、私が立ち寄っただけで街の人達がまるで『女王陛下』を迎えるように、歓声を上げて歓迎してくれるようになりました。
「そろそろかなぁ」
「そろそろだと存じます。ジーノ殿より会談の申し込みがありました」
ポツリと呟いた私に、ノアが銀の盆に載った封書を持ってくる。
さてさて――
女王様? そろそろ私と会いたくなってきたんじゃありませんか?
次回、いよいよ女王シルベルタルとの邂逅なるか。





