男(1)
自分の身がこうも無様に自由を失うなどとは想像だにもしなかった。指一つ動かせず、声も出せない。心臓は動き、脳も動いているというのに。
「いつ目覚めるか、分かりませんね」
薄目の先に白衣が見えた。医者のようだ。分かったような口振りでえらそうに喋っている。
いつ目覚めるか分からない? 馬鹿が。俺は眠ってなどいない。とっくに目覚めている。
「そうですか」
おっとりした声が聞こえる。妻の月子だ。
お前もお前で呑気に何を言っていやがる。いっつもいつも役に立たない女だ。
早く俺が目覚めている事をそいつに伝えろ。そして適切な処置を行うように促せ。
「植物人間、という事ですか」
月子がふざけた事を抜かしている。なんだそれは。植物で人間。笑えない。俺は人間だ。生きた人間だ。植物などではない
「しばらく様子をみましょう」
足音が遠ざかっていく。
くそ。
何の冗談だ、これは。
思い出せない。何があったのか。何故こんな事になっているのか。大方事故か何かに巻き込まれたのだろうが、何にしても不運この上ない事態だ。
「おい、月子」
呼びかけたつもりだが、やはり声は出ていないようだ。月子は全く反応しない。
「ったく。ふざけやがって……」
悪態をつく事しか出来ない。
早くこんなふざけた現実など終わってしまえ。目が覚めたらまっさきにこの不出来な女を叩いてやる。