鉢植えの朝
澄江は園芸会の初日、普段より少し早く起きた。春菜は仕事へ行く支度をしながら、母が持っていく手袋と帽子を確かめた。集まりの場所は歩いて行ける公民館だが、帰りは代表の女性と一緒になる予定だった。澄江は娘へ何度もありがとうと言い、春菜は「楽しんできて」と笑った。
会場には同じ年代の人々が集まり、季節の花を鉢へ植えていた。澄江は名前を忘れていた花を見つけ、昔庭に植えたことを話した。手術前なら話している途中で何を言いたかったのか分からなくなっていただろう。今は相手の返事を聞き、自分の言葉を続けられる。そのことが嬉しかった。
休憩中、参加者の一人が久世の治療について尋ねた。澄江は病気が治ったことも、その後に起きると知らされていることも隠さなかった。ただ、詳しいことを話すのは今日は控えたいと伝えた。相手は頷き、花の水やりの間隔について話を戻した。澄江はほっとし、鉢の土へ指を触れた。
澄江は帰宅すると、手袋についた土を洗い落とした。庭の水道の前で一度手を止め、今日聞いた花の名前を口にした。忘れずに言えることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。
片づけの時間になると、代表が余った苗を分けてくれた。澄江は家で育てられるか確かめ、二鉢だけ選んだ。帰り道はほかの参加者と一緒になり、商店街の新しい店について話した。誰も澄江を病人として扱わず、ただ花が好きな仲間として話しかけた。
夕方、春菜が帰ると玄関に二つの鉢が並んでいた。母は名前を教え、水をやる時刻を説明した。春菜は明るい声を聞いて安心し、同時に怖さも感じた。母が自分の毎日を取り戻すほど、失う未来が具体的になる。それでも二人は、鉢を置く場所を一緒に考えた。




