廊下に残る話
院長室に、外部の医師から質問状が届いた。久世の手術方法を共同研究できないかという申し出だった。院長は研究担当へ確認を依頼し、患者情報を扱う条件についても検討するよう求めた。治療効果が確かなほど、医療界の関心は高まる。しかし関心が強いことと、同じ治療が別の場所で実施できることは別だった。
久世は求められた範囲の手術記録を提出した。画像、手順、術後の検査結果。隠している記録があると断じる材料はない。それでもほかの医師が同じ結果を出せるとは限らない。説明を受けた医師は、技術を理解することと身につけることの距離を思い知った。
一方、院内では患者家族向けの相談日が増えた。以前は診療科の窓口へ集中していた質問を、相談員と看護師が分担して受ける。久世の手術を受けるべきかという問いに、病院が一つの答えを配るわけにはいかない。家族はそれぞれの暮らしへ持ち帰り、迷いながら考えるしかなかった。
返答文書を校正する職員は、研究への期待を煽る表現を避けた。患者が治療を受けられる場所がすぐ増えるわけではない。希望だけを先に広めないよう、言葉を選んだ。
木場は申し送りの後で、新人の井沢に休憩を取るよう勧めた。井沢は仕事が残っていると答えたが、木場は交代の職員がいることを示した。病棟を守る人が疲れ切れば、患者へ向ける注意も鈍る。井沢は礼を言い、短い休憩へ向かった。廊下の窓から見える木には、小さな実がつき始めていた。
夜、院長は質問状へ返答の草案を書いた。研究の可能性は検討するが、患者の意思と個人情報の保護を優先する。その一行を何度も読み返した。病院には毎朝、新しい患者が来る。専門家同士の議論が続いても、診察室での説明は一人ずつ行わなければならない。




