白い名札
病棟では退院を控えた患者へ、今後の通院予定を説明していた。井沢は薬の変更点を確かめ、検査の日程を紙へ書く。患者は症状が消えたことを喜んでいたが、家へ戻ると事件への不安が強くなると話した。井沢は心配を否定せず、相談窓口の番号を指した。見守りの方法を一緒に考えても、確実な安全を約束することはできない。
看護師長の木場は新人職員へ、患者同士の会話に注意するよう伝えた。隣の人が手術を選んだからといって、自分も同じ選択をすべきだと感じる必要はない。治療を受けなかった人が責められることもあってはならない。病棟にはそれぞれ違う事情を持つ人がいる。
午後、若い患者が面談の延期を申し出た。説明を聞くたび気持ちが変わり、落ち着いて判断できないという。井沢は予約を変更し、必要なら心理面の支援も受けられると説明した。患者は何度も礼を言い、手帳に新しい日時を書いた。少し遠くなった予定を見て、ほっとした顔をした。
退院する患者は、帰宅後に使う買い物袋を病室の椅子へ掛けていた。井沢は重い荷物を持たないよう説明し、家族が迎えに来る時刻を確認した。準備には細かな仕事が多い。
病棟の廊下で久世とすれ違った井沢は、延期になった面談のことを報告した。久世は「承知しました」と答え、次の病室へ向かった。患者が手術を望まないことを失敗として数える様子はなかった。井沢はその背中を見送り、自分も別の患者の呼び出しへ向かった。
夜の申し送りでは、退院する患者が家で何をしたいと話していたかも共有された。孫と買い物へ行く人、近所の公園を歩きたい人、台所へ戻りたい人。名札の下には病名だけでは足りない生活がある。井沢はメモを閉じ、病室の消灯を確かめた。




