二人目の医師
久世の手術を希望する患者の中には、別の病院で改めて説明を受けたい人もいた。東都中央病院は、紹介状と必要な検査資料を準備し、セカンドオピニオンの機会を案内した。対応する医師たちも、久世の技術を完全には再現できない。それでも現在の病気と選択肢について、別の立場から話すことには意味があった。
島崎が退院した日の午後、神経内科の医師が久世を訪ねた。患者から相談を受け、手術記録の読み方を確かめたいという。二人は画像を見ながら医学的な所見を照合した。手術の成果を否定する材料はない。しかし殺人の理由について、医学から答えを出すことはできなかった。
若い研修医は、久世の治療が奇跡ならもっと多くの人を救うべきだと口にした。神経内科医は治るという一点だけで結論を出さないよう諭した。患者が何を理解し、何を望み、どんな支援を受けられるか。治療を実施するかどうかは、その全てと向き合う必要がある。
相談を受けた外部の医師は、紹介状の内容を一度読んでから患者本人の話を聞いた。紙に書かれた病名だけでは、毎日の不便や希望を知ることはできなかった。
井沢は別の患者へ説明資料を渡すとき、希望すれば他院の意見も聞けると伝えた。患者は安心したように頷き、手帳へメモを取った。久世の治療を受けるために病院へ来た人でも、今日決める必要はない。選ばない道を残しておくことも、説明の一部だった。
夜、久世は検査室から戻り、新しい画像を机へ置いた。廊下では清掃員が床を拭き、車輪の音が遠ざかる。診療室の灯りはまだ消えない。手術に関する問いは山ほどあるが、明日の診察ではまず一人の患者が何に困っているかを聞く。それは変わらなかった。




