取材申込書
地方紙の記者、鷺沢透は、医療面の小さな記事を担当していた。ある朝、編集部の机へ厚い封筒が届いた。差出人は術後に殺された患者の遺族で、病院の説明書と事件の新聞切り抜きが入っていた。遺族は取材に応じる条件として、亡くなった人の病前の暮らしも書いてほしいと求めていた。
鷺沢は事件を扱う部署の同僚へ資料を見せた。「犯人は一人なのか」。同僚は警察発表の範囲しか知らなかった。手口が一致し、同一人物による犯行の可能性が極めて高いこと。それなのに防犯映像も目撃証言も捜査の決め手にならないこと。鷺沢は記事の見出しを考えるのをやめ、遺族へ会う約束を取った。
遺族の男性は会計の際、亡くなった妻が好きだった紅茶を一杯だけ追加した。飲むつもりではなく、話しているあいだずっと注文を忘れていたのだという。鷺沢はその理由を問い詰めなかった。店員がカップを置き、男性は湯気を見つめた。取材には時刻と質問が必要だが、誰かの悲しみが決められた時間に収まるわけではない。鷺沢は録音を止め、相手が立ち上がるのを待った。
待ち合わせた喫茶店で、遺族の男性は妻が手術後に何をしたか話した。近所の花屋へ通い、子どもの卒業式に出席し、長い間読めなかった本を最後まで読んだ。男性は妻の最後の日を語る前に、窓から見える自転車を目で追った。「治らなければ、あれに乗ることもできなかった」。そう言ってから、妻が殺された夜のことを淡々と話し始めた。
取材を終えた鷺沢は録音を聞き返した。見出しに使えそうな大きな言葉はいくつもあった。しかし録音で最も長かったのは、花屋でどの花を選ぶか夫婦が迷った話だった。鷺沢は手帳に、事件と暮らしを同じ重さで書く、と記した。記事に使う写真は、遺族の了承が得られるまで決めなかった。




