同意の重さ
手術前の説明室には、澄江と春菜、久世、看護師長の木場が座った。テーブルの上には普通の同意書と、もう一枚の紙がある。春菜は法律の専門家に相談し、同じ説明を別の病院でも聞いてきた。どこへ行っても、久世の治療とその後の殺人について納得できる答えは得られなかった。
久世は医学的な説明を一からやり直した。手術が成功すれば症状は消え、生活を取り戻せること。手術そのものの手順と管理。術後に必要な検査。春菜は途中で手を挙げた。「殺人から守る方法は」。久世は目をそらさず「私にはありません」と答えた。知らない方法を、あるように見せることはしなかった。
木場は同意書へ目を向けながら、二人が質問を終えるまで時計を見なかった。病棟では待っている仕事がある。それでもここを急げば、術後に取り消せない後悔を残すかもしれない。春菜は筆記具を握ったまま、母が本当に読み終えたかを確かめた。澄江は行を追い、分からない箇所を自分で尋ねた。以前はその質問さえ途中で忘れていた。春菜は母の声をじっと聞いた。
「どうしてあなたは、そんなことを知っているんですか」。春菜の問いに、久世は過去に手術した人々の名前を口にしなかった。「全員について確かめてきたからです」。それ以上の説明はなかった。澄江は手を上げ、春菜の問いを止めた。「私は治った頭で、娘の話を聞きたいんです」。木場が手元にあった水を差し出すと、澄江は丁寧に礼を言った。
署名の前、久世は二人を部屋に残して席を外した。決断を見届ける必要はあっても、急がせる必要はない。春菜は母に「怖くないの」と聞いた。澄江は「怖いよ」と答えた。それから春菜の髪を撫でた。「忘れるほうも、怖い」。戻ってきた久世が受け取った用紙には、震えた筆圧で澄江の名前が書かれていた。




