工具の棚
藤倉の工場では、古い配線を交換する仕事が続いていた。藤倉は左手に工具を持ち、同僚の作業を見守った。まだ重い作業を任される段階ではないが、手元の感覚は着実に戻っている。いつか以前のように働けるかという問いは、もう仕事の種類を相談する段階へ変わっていた。
昼休み、若い整備士が部品の取り違えに気づき、藤倉へ確認を求めた。藤倉は図面の番号を照らし、棚から正しい部品を取り出した。若者は礼を言ったあと、手術のことを尋ねかけて黙った。藤倉は「その話なら後で聞く」と答え、今必要な修理の手順を教えた。
工場長は安全管理のため、復帰後の作業範囲を一緒に見直した。藤倉はできることが増えると嬉しくなるが、焦って重いものを持つ必要はない。工場長は職場復帰の喜びと事故防止を分けて考え、経験を生かせる点検作業を提案した。藤倉は不満を漏らすことなく、作業表へ自分の名を書き込んだ。
作業場の入口には、藤倉が復帰する前に同僚たちで直した古い時計が掛かっていた。藤倉は針が正確に進んでいるのを見て、自分の仕事も同じように少しずつ戻せばよいと思った。
夕方、同僚が古い工具箱の取っ手を直してくれた。藤倉は初めて就職した日に買ったものだと話し、傷の一つを指した。その時の失敗を覚えている同僚は笑った。病気のあいだ、工具箱は長く棚の奥に置かれていた。手入れをして戻せば、明日また使うことができる。
帰宅すると妻が食卓へ夕食を運んでいた。藤倉は今日の仕事を話し、左手で箸を持った。妻は笑顔を見せながら、玄関の鍵がきちんとかかっているか確かめた。二人とも不安を口にする夜がある。それでも仕事場で何を直したかという話を、恐怖のために手放したくはなかった。




