朗読会の窓
地域の交流館では、毎週開かれる朗読会の準備が進んでいた。島崎は昔からの仲間に迎えられ、いつも座っていた窓際の席へ向かった。机には短い随筆が配られている。講師は島崎に読む役を頼まず、聞くだけでもよいと伝えた。しかし島崎は紙を受け取り、何度も最初の行を確かめた。
ほかの参加者が順番に声を出し、物語に出てくる川や橋の名を読み上げた。島崎は途中で頷き、気に入った表現に鉛筆で線を引いた。自分の番が来ると、長く息を吸った。最初の言葉は出たが、次の音が続かない。誰も代わって読もうとはせず、講師が席を移して隣に座った。
島崎は最後まで読めず、紙を伏せた。すると隣の参加者が、昔島崎に教わった発声練習を思い出して話した。夫は笑い、手でゆっくり口を開く仕草をした。教えたことを誰かが覚えている。それは今ここで一文を読めなかった事実と、同じだけ確かなことだった。
講師は帰り際、島崎に次の課題の紙を渡した。読めるところだけ目を通せばよいという。島崎はその紙を折らずに鞄へ入れ、講師の方へ深く頭を下げた。
帰り道、佳代は夫が機嫌を損ねていないか気にした。島崎は歩道の脇で立ち止まり、鞄から筆記帳を出した。何度も書き損じたあと、『また来る』と書いた。佳代はその文字を見て、嬉しさと怖さが同時に込み上げた。次の週にも来られることが、どれほど長く続くかは分からない。
家へ戻ると孫から絵が届いていた。画用紙いっぱいに描かれた駅には、青い列車と大きな時計がある。島崎は絵を壁へ貼り、椅子に座って眺めた。佳代は治療の書類を引き出しへしまわず、食卓の端に置いた。答えはまだない。それでも家族の予定表には、次の朗読会の日が書き加えられた。




