写真の中の駅
久世の診察室で、六十八歳の島崎淳一は妻が差し出した写真を眺めていた。写っているのは、かつて毎朝通った駅の改札である。島崎は場所を知っているはずなのに、その名前だけが出てこない。言葉を探すうち、隣の席の妻が唇を結んだ。最近は駅だけでなく、孫の名前を呼べない日も増えていた。
紹介状には進行性の言語障害について記されていた。仕事を退いてから地域の朗読会へ通っていた島崎は、声に出すことを楽しみにしていた。しかし最近は短い文章も途中で途切れ、自分の口を指して首を振るようになった。久世は家族が代わって話すのを止めず、それでも本人へ質問を向け続けた。
久世が「治療によって障害を取り除けます」と告げると、島崎は写真を膝に置いた。妻は喜ぶ前に、次の説明を求めた。以前から報道を見ていたからだ。久世は治療を受けた人が一年以内に殺害されている事実と、その手口を隠さずに伝えた。診察室の空気が変わっても、声の調子は変わらなかった。
「名前を、言えるのですか」。島崎は一語ずつ区切って尋ねた。久世は症状の改善について答えたが、殺害を防ぐ方法はないと続けた。妻は島崎の袖を握り、今日は決めずに帰ろうと言った。島崎は頷き、机に置かれた説明書を自分の手で鞄にしまった。そこには回復の見込みと、回避できない危険が隣り合っていた。
病院を出ると、島崎は駅までの道で何度も看板を見上げた。車の通る音と信号機の案内が重なり、妻の足取りは自然と遅くなる。横断歩道の手前で島崎が立ち止まり、古い駅の写真をもう一度開いた。妻は名前を言いかけてやめた。夫が自分で思い出すための時間を、少しだけ残したかった。




