↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
治せます。ただし、あなたは一年以内に殺されます。――脳外科医・久世朔の診察室  作者: 竜太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
61/228

写真の中の駅

久世の診察室で、六十八歳の島崎淳一は妻が差し出した写真を眺めていた。写っているのは、かつて毎朝通った駅の改札である。島崎は場所を知っているはずなのに、その名前だけが出てこない。言葉を探すうち、隣の席の妻が唇を結んだ。最近は駅だけでなく、孫の名前を呼べない日も増えていた。


紹介状には進行性の言語障害について記されていた。仕事を退いてから地域の朗読会へ通っていた島崎は、声に出すことを楽しみにしていた。しかし最近は短い文章も途中で途切れ、自分の口を指して首を振るようになった。久世は家族が代わって話すのを止めず、それでも本人へ質問を向け続けた。


久世が「治療によって障害を取り除けます」と告げると、島崎は写真を膝に置いた。妻は喜ぶ前に、次の説明を求めた。以前から報道を見ていたからだ。久世は治療を受けた人が一年以内に殺害されている事実と、その手口を隠さずに伝えた。診察室の空気が変わっても、声の調子は変わらなかった。


「名前を、言えるのですか」。島崎は一語ずつ区切って尋ねた。久世は症状の改善について答えたが、殺害を防ぐ方法はないと続けた。妻は島崎の袖を握り、今日は決めずに帰ろうと言った。島崎は頷き、机に置かれた説明書を自分の手で鞄にしまった。そこには回復の見込みと、回避できない危険が隣り合っていた。


病院を出ると、島崎は駅までの道で何度も看板を見上げた。車の通る音と信号機の案内が重なり、妻の足取りは自然と遅くなる。横断歩道の手前で島崎が立ち止まり、古い駅の写真をもう一度開いた。妻は名前を言いかけてやめた。夫が自分で思い出すための時間を、少しだけ残したかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。