開いたページ
夏歩は大学の図書館で、手術前に読んでいた教科書を開いた。付箋だらけの頁には、かつて何度も書いた同じ疑問が残っている。今は一度読めば理解でき、翌日にもその内容が頭に残る。夏歩は付箋を一枚ずつ外し、必要なものだけを残した。机の上に小さな紙の山ができた。
友人が向かいの席に座り、戻ってきたことを喜んだ。夏歩は授業の予定を聞き、遅れている分を少しずつ取り戻したいと話した。友人は資料を貸すと言い、無理に急がなくてよいと付け加えた。二人は手術後の殺人についても短く話したが、答えのないところで言葉を重ねすぎなかった。
図書館の司書は、夏歩が同じ本を長い間借り続けていたことを覚えていた。返却と再貸出を繰り返し、いつも途中までしか読めなかった本だ。今日、夏歩は読み終えたと伝えた。司書は事情を知らないまま「よかったですね」と笑った。夏歩は頷き、本を返却口へ置いた。特別な出来事を誰かに説明しなくても、小さな達成を分け合える瞬間があった。
帰り道、夏歩は友人と駅前の書店へ寄った。新しいノートを選びながら、どの色が使いやすいか相談した。以前は買ったこと自体を忘れ、同じノートが机に増えたこともある。今日は手元のノートの数を覚えている。何でもない買い物が、長い間失っていた自由の一つだった。
家へ帰ると、母が食事を用意して待っていた。夏歩は借りてきた資料を見せ、明日も大学へ行くと伝えた。母は嬉しそうに頷いたが、食卓の端には病院の説明書が伏せて置かれていた。夏歩はそれを見て、一度だけ指を止めた。それから明日の授業について話し始めた。




