夜の掲示板
病院の広報担当は、インターネット上の書き込みを確認していた。久世の治療に関する噂が増え、根拠のない患者名や住所まで書かれることがあった。職員は必要な対応を記録し、悪質な投稿については法務担当へ相談した。患者の安全とプライバシーを守る仕事は、診療室の外にも広がっていた。
掲示板には、手術を受けた人は全員自分から死を望んだのだという書き込みがあった。別の投稿は、事件など起きていないと断言していた。事実はどちらとも違う。殺人事件の被害者は実在し、治療を受けた人々は回復した身体で生活していた。広報担当は訂正できる情報を整理し、個別の診療記録へ踏み込まない文章を考えた。
春菜は警察の相談窓口で、着信の内容を一つずつ説明した。担当者は日時と番号を記録し、今後同様の連絡があれば保存するよう勧めた。電話の相手が殺人事件と関係していると決めつけることはできない。春菜もそのことは理解していた。それでも母の暮らしを知らない誰かが覗いているようで、心が落ち着かなかった。帰り道、母へ買って帰る菓子を一つ選んだ。
その夜、春菜の携帯電話にも見知らぬ番号から着信があった。相手は母のことを尋ね、春菜が答えずにいると一方的に話し続けた。電話を切った春菜は、警察へ相談するため日時と内容を記録した。澄江は娘の様子を見て、無理に聞き出さず温かい茶を入れた。家に帰ってからも不安が追いかけてくるようだった。
翌朝、広報担当は窓口の職員へ対応方針を共有した。病院には患者を守る責任があるが、すべての噂を止めることはできない。電話の向こうにいる人を敵と決めつけず、それでも患者の情報は決して漏らさない。受付ではいつものように番号札が配られ、診察を待つ人々が席へ座っていった。




