朝の運動場
夏歩は母と相談して、大学への復学手続きを始めた。授業の時間割を調べ、復習が必要な科目を並べた。手術前は理解したことが翌日に抜け落ちていたが、今は少しずつ知識が積み重なる。本人はそれが嬉しくて、机に向かう時間が長くなった。母は休憩を取るよう声をかけ、温かい飲み物を運んだ。
弟は休日の朝、夏歩を近所の運動場へ誘った。手術後の体調を確認しながら、二人はゆっくり歩いた。夏歩は靴ひもを結び直し、昔のように走り出したい衝動を抑えた。弟が隣を歩き、「今はこれでいいよ」と言う。夏歩は頷いた。急いで何かを取り戻そうとすれば、また別のものを失う気がした。
復学の相談を受けた大学職員は、必要な手続きと授業の登録期限を説明した。夏歩は以前なら何度も聞き直していた内容を、その場で理解できた。手続きのための書類を受け取ると、自分の名前を記入した。書くこと自体は前からできていたが、何を約束するための書類なのか分かるのが嬉しかった。職員は事情を詳しく尋ねず、提出先をもう一度確認した。
運動場では小学生のチームが練習していた。夏歩は掛け声を聞き、昔自分も同じように走っていたことを思い出した。母が遠くから応援していた大会のことも覚えている。記憶が戻ることは、良いことだけを思い出すことではない。失敗した日や、誰かと喧嘩した日のことも鮮明になった。それでも夏歩は、それらを自分の時間として受け取った。
帰宅後、母は昼食を用意していた。夏歩は今日歩いた距離を手帳に記録し、次の週も同じ時間に行こうと弟へ提案した。弟は「忘れるなよ」と冗談を言い、すぐに顔を赤くした。夏歩は笑って「もう大丈夫」と答えた。母は二人を見ながら、湯気の上がる皿を食卓へ並べた。




