病室の言葉
小児病棟では、蒼が新しい言葉を練習していた。保育士が絵本を開き、指さしたものの名前を尋ねる。蒼は口を動かし、音を作ろうとしていた。言葉が戻るかどうかは分からず、担当医は今できる訓練を続けている。久世の治療については、母の千尋がまだ決められないままだった。
千尋は息子のそばに座り、折り紙の鳥を並べた。蒼は一羽を持ち上げ、窓の外へ向けた。それから母に手渡した。千尋は「飛ばしたいの」と尋ね、蒼が頷くのを見た。言葉がなくても伝わることはある。だが子どもが伝えたいすべてを、母が理解できるわけではなかった。言えないことが本人をどれほど苦しめているか、千尋には分からない。
相談室で千尋は、息子へ治療の危険をどう伝えるか相談した。年齢に合わせた説明が必要で、親がすべてを代わりに決めてよいわけではない。相談員は急がず、現在の症状を支える選択肢も含めて話した。千尋は途中で何度も泣いたが、説明をやめてほしいとは言わなかった。病室へ戻れば蒼は笑って迎える。その笑顔だけで決められないことが、母には苦しかった。
夕方、同室の子どもが退院することになった。蒼は折り紙の鳥を一羽渡し、相手の子は嬉しそうに鞄へ入れた。病室が少し広くなり、千尋は空いたベッドを見つめた。自分の息子にも、いつか学校へ戻る日が来るだろうか。病院の外にある日常を、母は以前より遠く感じていた。
帰宅前、千尋は相談室の予約を入れた。久世の治療を受けるかどうか、まだ答えはない。ただ、息子の将来について自分が何を恐れているか、誰かに聞いてほしかった。病室へ戻ると、蒼は青い紙で新しい鳥を折っていた。千尋が名前を呼ぶと、蒼は顔を上げ、少しだけ笑った。




