誰も知らない席
病院の食堂で、久世は遅い昼食をとった。周囲の席では医師や職員が短い休憩を過ごしている。久世に話しかける人は少なかったが、彼が嫌われているというより、何を話せばよいか分からない人が多かった。医療の結果は確かで、患者の死も事実だった。軽い冗談で触れてよいことではなかった。
野崎が隣の席へ座り、手術の予定を確認した。次の週には新しい患者が入院する。野崎は「自分たちにできることを一つずつ増やしたい」と言った。手術室で患者を安全に管理すること、術後の痛みを減らすこと、家族へ正確に伝えること。死を防げないからといって、手を抜いてよい仕事は一つもない。
野崎は次の手術に備えるため、食事を終えると麻酔科の部屋へ戻った。記録棚には薬剤の使用量と患者の経過が細かく残されている。あの手術室で自分にできるのは、患者を眠らせ、安全に目覚めさせることだ。その仕事が終わった先に何が待つかは、野崎にも変えられない。だからこそ手術中に見落とせる小さな異常は一つもない。野崎は器具の点検表を取り出した。
久世は食事を終え、空の皿を返却口へ運んだ。野崎は呼び止めた。「あなたは眠れていますか」。久世は少し考え「必要な休息は取っています」と答えた。野崎はそれ以上尋ねなかった。医師である前に一人の人間としてどう生きているのか、同僚でさえほとんど知らない。けれども手術室では、その人間と長い時間を共にする。
午後、久世は次の患者の画像を読み込んだ。窓の外には救急車が到着し、病院の入口では車椅子を押す家族が立ち止まっていた。食堂で交わした短い会話は、誰の記録にも残らない。病院の一日は記録されることとされないことの両方で成り立ち、今日も静かに進んでいった。




