遠い相談先
木場は他の医療機関から届いた問い合わせへ目を通した。久世の治療について情報提供を求める文書と、患者を紹介してよいか尋ねる連絡が増えていた。どの医師も簡単に患者を送り出しているわけではない。治るという結果を知りながら、殺人の危険も伝えなければならない。その説明をどう受け止めるか、紹介元でも悩みが続いていた。
遠方の病院から電話があり、若い医師が切迫した声で話した。患者の症状が進み、家族が久世の診察を望んでいるという。木場は予約手続きと必要な検査資料を説明した。電話の向こうで紙をめくる音が続いた。「この患者さんには、まだ言えていません」。木場は沈黙し、それから本人への説明を省かないように伝えた。
看護師長の木場は、遠方から来る患者のために宿泊施設の案内も確認した。治療を受けるか決める前に、交通費と宿泊費が家族の負担になる。病院の近くに滞在できる場所を調べ、必要な支援につなぐことも相談室の仕事だった。切迫した医学的な問題の前では小さく見えても、明日の電車代を用意できなければ診察室へ来られない。木場は資料の隅へ、その連絡先を書き足した。
久世の診察を受けるかどうかの前に、患者には知る権利がある。木場は電話を切り、相談記録を残した。毎日似た連絡が入るが、話している人の事情は違う。ある家族は遠くまで移動する費用がなく、別の家族は患者本人にどう話すか分からない。それぞれの困りごとを、病院の職員だけで引き受けるには限界があった。
夕方、木場は看護部の勤務表を見直した。相談室の担当を増やすには、病棟の人手も確保しなければならない。患者の声を聞く仕事と、点滴や検査を支える仕事はどちらも必要だった。木場は足りない欄に鉛筆で印をつけ、翌朝の会議で相談することにした。




