海の写真
榊は亡くなった女性の家族から、旅行の写真を見せてもらった。手術を受ける前は身体の自由が利かず、遠出を諦めていたという。退院後、女性は一度だけ海を見に行った。写真には防波堤の手すりへ片手を置く姿が写っている。笑顔よりも、海へ向かってまっすぐ立つ背中が印象に残った。
家族は事件の夜のことをもう一度話した。何も異変に気づかなかったことが、今も苦しいという。御園からは、同じ手口の事件が続いており警戒していると説明されている。それでも犯人がどのように近づいたのか分からない。榊は家族の言葉を記録したあと、必要な防犯相談の窓口を案内した。
孫は榊が帰ろうとすると、海の写真が入った額も見せてくれた。祖母が旅行から戻った日、家族で選んだものだという。額の端には小さな傷があり、子どもはそれを隠すように持っていた。榊は写真へ目を向け、明るい海とその前に立つ女性の姿を確かめた。事件を調べる仕事では、亡くなった人の最後ばかり追うことになる。しかしその人には、生きていた日も同じだけ確かにあった。
帰り際、女性の孫が玄関に現れた。手には色鉛筆の入った箱があった。「おばあちゃんにもらった」。榊は箱を見て、店主が時間をかけて色を選んでいたと言っていたことを思い出した。子どもは箱を大事そうに抱え、母親の後ろへ隠れた。榊は礼を言って家を出た。
海へ向かう道は遠く、捜査は都内へ戻っても続く。榊は電車の窓へ映る自分の顔を見ながら、写真の背中を思い出した。被害者に残された時間を、犯人は何のために奪ったのか。その問いへ答えを出す材料はない。榊は手帳を閉じ、次の列車へ乗り換えた。




